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占い師としての成長日記
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今日は娘の保育園の卒園式でした。
この保育園ではありとあらゆる行事がすべて雨天で中止されるという、雨女または雨男が必ずいる!と言われているくらいに行事に降られてしまう学年でしたが、今日はきっちりと晴れてくれました。


こちらに引っ越してきてお世話になった二年間の保育園生活。
最初はかなり戸惑い、引っ込み思案だった娘も、今やそんな影もなく元気にクラスの中に溶け込んでいます。おいしい給食、そして珍しいくらいに先生たちがいついかなるときも明るくてにこやかな保育園。
先生たち全員(給食の先生たちまで含めてすべて!)が卒園生に歌を歌ってくれましたが、その歌も園長先生のオリジナル作品。世界にたった一つしかない温かい歌でした。


保育園は働く親が子供を預けるところ、だからそんなに情操教育的なことには期待しないほうがいいのかもしれない・・・と思っていたのですが、偶然にもこんなに温かい居場所を保育園にできた娘はとても強運です。
「自分が好き・人が好き・自然が好き」
そんな保育園の保育目標が、私にも大事なことを教えてくれました。
息子の幼稚園はキリスト教でしたので「こころをつよくしていなさい」「あなたがたはよのひかりである」・・・そういった聖書からの言葉を耳にする機会に恵まれ、今度は娘の保育園で「ともだちのいいところをさがす・ほめてあげる」ということも保育の間で実践していただいて、とてもありがたく受け止めました。


保育証書を園長先生から受け取ると、子供たちは席に着く前に母親のところにいき、一言お礼をいって、その保育証書を母に手渡してくれました。
娘は「いつもごはんつくってくれてありがとう」と言って、私に保育証書を渡してくれました。


いえいえ、こちらこそ。
私のところに娘として生まれて来てくれて本当にありがとう。
怒ってばっかりのお母さんだってことをわかっててこの世に、そして私の子供としてやってきたのだとしたら、あなたは勇気があるかも(笑)。


義母が卒園式を見るためわざわざ出向いてくださったので、家に帰ってから娘が生まれたそのときのビデオを見ていました。生まれたての娘の泣き声から始まる2002年12月16日。
手のひらに収まるくらいの小さいからだが、今ではもうランドセルを背負えるような大きさに。
二人の手のかかる兄妹を一気に育てていた6年間なんて、本当にあっという間だった。長くもあったけれど、でも過ぎてしまえばあっという間で、生まれたてのあの小さい体の感覚をもう私は思い出せない。


お心が優しく、美しい子に育って欲しいと願って付けた名前。
物は片付けないし、服も脱ぎっぱなしだけど、仲間の中で、悲しい思い、寂しい思いをしているお友達がいたら寄り添ってあげるような優しさをこれからも育てて欲しい・・・。大人になってもこれってなかなか難しい。寄り添うためには自分が悲しみや辛さを乗り越えなくてはならないときもあるから。これから女の子の世界はいろいろ難しい出来事もあるだろうけれど、私は娘を信じてあげることが、親としてできる最高のプレゼントなのかな・・・って思うのです。


でもその前に私自身のことです。自分で自分を否定せず、自分のことを自分で見捨てない人間になることが大前提ですが。


さあ、小学生です!
勉強はぶっちゃけなんとかできるものはなんとか修正ができるし、どうしようもなければいくらでも手段はあるが、友達や人間関係はお金を払って得られる財産ではないのです。
友達をたくさん作って、小学校が楽しいと行って通って欲しい!それだけが私の願い。私は保育園時代~小学生時代にあまりいい思い出がないのですが(苦笑)、娘は違うでしょう。気をつけなければならないのは、自分のネガティブな思い出を押し付けないようにすることです。これがなかなか難しいことなんですが・・・(^-^;。


でも娘の小学校には同じ保育園から大勢流れるので、引っ越したばかりで誰も知り合いのいなかった息子の入学よりは安心して?!見送ることができそうです。入学式も晴れますように・・・。



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週末、我が家に嬉しいお客様がたくさんいらっしゃいました。


息子と同じ幼稚園時代を三年間過ごさせていただいたお友達三名。わざわざ悪天候の中を遊びに来てくれたのです!共通しているのは、みんな初めての子供が男の子で、初めての幼稚園で出会い、そして二番目のお子さんはみんな女の子!兄ー妹という構成で子育てをしていることです。


とてもありがたいと思うのは、それぞれが今は別々の場所で暮らし、普段は全く交流もできない距離に生活の拠点がありますが、こうやって集まろうと企画すると、距離を構わずわざわざ足を運んでくれること。他県に引越しをした友達は二時間以上かけて来てくれました。もう卒業してから丸二年たちますが、子供たちも、母たちも、再会すれば時間の隔たりも忘れてしまうくらいに元に戻ることができます。自分の子供の成長と同じように、みんなの成長も嬉しい。そんな濃密な空気の中で過ごさせていただいた特別な幼稚園でした。何度も書いてきましたが、そこにいる間は、その濃さが辛くて、逃げ出したいことばかりでしたが、子供たちがのびのびと遊ぶことを覚え、キリスト教を通じて神様の存在をいつも身近に感じられるような環境で三年間を過ごせたことは今思えば、珠玉の時間でした。


面白いですよね・・・そこに在籍している間はその輝きに全く気づけなかったのですから・・・。私はその当時、金銭的な劣等感、自分の持つ家庭が家族として成立していないことへの劣等感、自分自身がうまく人間関係を作れないことへの劣等感、そして主役である子供がなかなかみんなと上手に遊べなかったり、三月生まれの小さな男の子という印象から抜けられない劣等感、本当に前向きでいられなくて、いつも後ろ向きでした。苦しいときでした。


今も、そんな劣等感をすべて吹き飛ばしたのかといえば、そうばかりではないのですが、でもあの頃より、少しだけ「これでもいいんだ」と思える自分ができて、ちょっとだけ焦燥感を手放せることができたり・・・。


でも最近の私は、子供に八つ当たりをしてるというか、子供のことを叱ってばかりで、何一つ誉めてないし、いつもブチブツ文句を言っているような気がしていました。生理前のイライラ期だったこともひとつの原因かもしれませんが、夫との関係は相変わらず冷え切っていて、子供が私たちの会話の間は黙っているという時間が増えています。
この家の中で私だけがなんだか一人でバタバタしているみたい・・・。
なのに何をしても夫に文句を言われてしまったりする。何をすればこの人は黙るんだろう。
そんなイライラの上に、片付けない子供たち、ひまさえあれば兄妹喧嘩ばかり。息子はすぐに泣いて怒るし、娘はどんなに言っても自分のことを直そうとしない。
そんな毎日の繰り返しの中で、怒りの言霊ばかりを発していました。


こんな風に叱りたくないけれど、でも誰も言うことを聞いてくれないじゃない!
それが私の叫びだったのかもしれません。


今更もう夫婦がとても仲良くすると言うことは難しいのかもしれませんが、私にできることは嘆くことよりも、今自分にできることを考えること。卑下して落ち込まないこと。この環境は私のすべてなのだから。


友達の子育てのお話を聞いていると、ああみんなしっかりと考えて、さまざまな問題をコントロールしながら乗り越えているんだなあということがわかります。でも最近の私はコントロールどころか、問題にぶつかるたびにいらだってしまっている感じです。子育ての話を最近誰ともしていなかったから、久しぶりに会った友達の話で余計に自分が頑張っていないことが浮き彫りになった感じ。これじゃあいけないなって・・・。もちろんさまざまな家庭環境があるから、私がみんなと同じような育児はできないけれど、心を込めて育児することは、お金の有無には関係なく、誰にでもできること。私はいつの間に、心を込めて育てることから遠ざかってしまったんだろう。夫のことは夫のこと。もちろん協力を得られない関係なのは仕方ないけれど、こんなハンデにいつの間にか負けて、やらなくなったことがいっぱいある・・・。


そんなことに気づかされ、今は「理不尽な怒鳴りはしないように」と思ってます。


私は怒りんぼなので、子供には「怖い」と言われてしまいます。責めてしまうんですよね。片付けないときや、やるべきことをしないときはきっちり叱ろうと思っていますが、何をしても責め立てて追い詰めるのはいただけません。それが下手くそなんです。


甘やかしてばかりもいけないけれど、怒ってばかりも進歩なし。
怒ることがあったら、そのあとは子供たちをしっかり抱っこしてお話をすることを最近は後回しにしていました。
忙しいを言い訳に。ほめてあげていなかったし、ニコニコしてあげておらず、いつも眉間にシワの母。
私には子供を愛する気持ちがちゃんとあるのだから、それを思い出し、惜しみなく出していくこと。そんな基本を思い出させてくれた再会でした。


私はみんなのようにしっかりと子供に向き合えていないけど、今日から気づいて直すことにしました。
特に息子。あの身体をひざに乗せ、ハートに手を当ててあげながら話をするなんて方法はあと何年通用するでしょうか・・・。できてもあとわずかでしょうね・・・。今しかできないこと、今できることを見逃さないように、私の愛を込めたいと思います。


淀んでいた空気を入れ替えたようなそんな再会の一日でした。
昨日、久しぶりに街中に出なければならないことがあったので、ついでにあれこれ必要な買い物を済ませてきました。その中のひとつが、デジカメに撮り貯めたデータを現像すること。それからアルバムを買うこと。我が家にはアルバムに入りきれない写真がいっぱいあって、アルバムがなければ写真の整理もできません。


息子には青い表紙のアルバムを、娘には赤い表紙のアルバムを。
いずれにせよ将来的には別々の人生ですから、今のうちにちゃんと分けて整理しておいてあげないといけません。


私はアナログかもしれませんが、デジカメより昔のフィルムの現像のほうが好きなんです。デジカメは記録、フィルム写真は記念。そんなイメージの分け方をしてしまいます。フィルムの写真は失敗は許されないし、でもすぐに現像されないから出来上がりがものすごく楽しみで・・・。ただ、子供の写真は無駄なカットも多くなってしまうからデジカメのほうが効率はいいかもしれません。夫は昔カメラマンをしていただけであって、写真は本当に上手です。だからデジカメのような簡易的なものより、昔のカメラのほうがやりやすいみたいですね。ビデオよりも写真のほうが出番が多いです。ビデオは撮ってもそんなに再生しないから(笑)。でも写真は何度でも見れますから、どうしても写真として残す比率が高いです。


二年位前のデータから残していたのでその数300枚以上あったでしょうか。でも全部子供のものばかりでしたが。今は店頭ですぐに現像できる機械が設置されていて自分で操作して現像するんですね!いらないものは現像に選ばなければいいのです。それでも200枚以上を現像してきました。


家に帰ってアルバムに写真をはさみながら、いろんな表情の子供たちを時間順に収めていきます。まだ幼稚園時代の息子。幼稚園の卒業式。娘のあどけないかわいい表情。東京の昔の家での誕生日の風景。


娘の誕生日(12月)、クリスマス、私の誕生日(1月)、そして息子の誕生日・・・と祝い事のたびにケーキと写真を撮るのですが、そのケーキはいつも子供たちと手作りしたものだったので、自分で「へ~~~ぇ・・・そんなに作ってたんだなあ」と我ながらびっくりしました。私の誕生日にはデコレーションしたケーキに「ままだいすき」と書いてあるプレートが飾られていて、そんなこともあったのかと今更ながら驚きです(忘れててごめん!)。


顔がふっくらしていた娘がだんだんとすっきりして、かわいらしさよりもちょっと背伸びしたお姉さんのような顔つきになってきたことも、息子の目が私と同じような糸のような細さであるにもかかわらず、いろんな表情を持っている目であることも面白く、写真整理しながら、写真に見とれていました。


これから卒園、入学・・・。娘のアルバムはまだこれから一大イベントを迎えるところです。
そして私はたまに写真に写る程度ですが、なんだか頬がこけてて、顔色悪い写真ばかりで悲しいです(笑)。もっとイキイキしているところを撮って欲しいですよ!卒園式と入学式は気合を入れないと!
最近雨の日が増えてきました。
一雨ごとに暖かくなるといいますが、本当にそうですね。刺すような朝の寒さが徐々に緩み始めているのを感じます。


そして同時に花粉症が(;д;)。
昨年は楽だったのですが、やっぱりこの時期はどうしてもくしゃみが出たり鼻水ズルズルですね。一番厄介なのはお仕事中です。水のようにたれてくる鼻水を常に「ズズッズズッ」と吸い上げるのですが、やっぱり電話を通じて聞こえてしまうので、鑑定中は吸いません(爆)。
あと、私の場合はのどがすごく痛くなってしまうんです。「風邪かな?」と思うようなヒリヒリしたのどの痛みがとれず、それがのどに絡んでセキが止まらなくなったりするので、お仕事中は水を欠かせません。鼻水にのどの痛み。風邪のような症状に悩まされています。


そんなわけで洗濯物を家の中で干して生活しています。
外出時はマスク必携で。でもあまり外に出歩いていないような・・・ずっと車生活で歩いていません。
バタバタしていて、毎日寝不足なので思考能力がやや落ちているような気がします。自分の状態をゆっくりと振り返るようなゆとりがないので、気ばっかりがあせり、いつも心がざわついている感じです。もちろんこれから娘の卒園入学、息子のクラス替えの伴う進学があるからそのせいもあるのかあ・・・。そういえばずっと便秘が続いていますのでお腹も何だか重たい感じです。男性の方にはちょっとびっくりする話題ですが、私は生理前すごく便秘が激しくなるんです。ここのところずっとそうですね。ホルモンバランスが関係しているため、女性は生理前が便秘になりやすいそうですが、生理前って常にお腹の皮が二枚くらい分厚くなった感じです。


まるで何の感動もない日記になってしまっているのですが、ちょっと休んで、気を取り直して、また自分の書きたいこと、発見したことを書き出せる時まで、少しお時間くださいね。とりあえず、生きてます~(⌒-⌒)。
ひとつ大きなイベントが終わりました。


まずは読み聞かせボランティアによる人間劇「おおきなかぶ」。こちらは以前ブログにも記載させていただきましたが、クラス替えを前に、思い出に残るイベントを・・・とお母さんたちが企画し、手作りの劇を仕上げました。おおきなかぶのお話は一度は皆さんも聞いたことがあるのではないのでしょうか?もともとロシアのお話ですが、おじいさんがかぶを植えたら、巨大なかぶに成長し、いざ抜こうとしたら抜けない!そのかぶを抜くために、おじいさんがおばあさんを呼び、おばあさんが孫を呼び、孫が犬を呼び、犬が猫を呼び、猫がねずみを呼び・・・そしてやっとかぶが抜ける話です。
しかしこれをそのままやるのは話が読めて面白くないので、脚色して、盛り上げてみました。
そのあと、ねずみがカエルを呼びます。それでも抜けないので、今度は孫が学校の先生(担任の先生)を呼びに行き、それでも抜けないので、最後は校長先生と、副校長先生を呼びます。12人そろって初めてかぶが抜けるという設定は子供たちにはすごく予想外でよろこんでもらえましたし、いっしょに「うんとこしょ・どっこいしょ」というかぶを抜く掛け声も出してくれるんですよ!そんなに劇で盛り上がってくれるのは低学年のうちだけだよ・・・と後で言われましたが、そんなノリがとてもかわいい二年生たち。


ただ残念ながら、校長先生は急な出張で共演が果たせませんでした。そのかわり副校長先生が二倍頑張ってくれましたね。ぶっつけ本番だったのに(爆)。


夢中になってやってきた二年間の活動もあっという間でした。
通い続けた息子のクラスの様子もわかり、子供たちの顔と名前も全部覚えましたし、子供たちも私に声を掛けてくれて、学校の外であっても手を振ってくれるようになりました。クラスが学級崩壊を起こしていた一年の二学期が嘘のように、今はとてもまとまりのあるクラスに変わりました。そんな遍歴も、読み聞かせを通じて目の当たりにできたことはとても幸せでした。息子は「今日読み聞かせくるの?」と、私が行くときはちょっと得意げな顔で教室にいたりするので、息子にとっても私の読み聞かせの参加は心強いものだったのでしょう。
ほかのボランティアのお母さんたちとも、クラスは別々ですが力を合わせて、作品を完成できて、最後は打ち上げをしたのですが(もちろんランチ、アルコールはありません)来年のことなども盛り上がりました。小学校はこういった保護者の接点もないので、このボランティアのつながりはとても大きいですね。


四月からは今度は娘の学年を主に読み聞かせ活動する予定でいます。でも、また息子の学年で人間劇をするときは劇団を作って頑張ろうと話がまとまりました!


そして土曜日。息子は8歳になりました。
8年前はまっかなおさるさんのよう。ちっちゃくて、でも良く泣いて・・・。
5年前は入園を控えていて、でもオムツも半分半分で・・・夜はしっかりとオムツ星人。ウンチは絶対にオムツでしかできなかった。そんな息子も徐々に大きくなり・・・8年もたってしまった!
あと8年たったら16歳の高校生ですよ~~~(汗)。
リクエストされたプレゼントはバットとグローブと野球ボールです。夫と娘もグローブを同時に購入しました。
それから「ケーキはどうする?買う?それとも作る?」と聞いたら「作って!」と即答されまして(爆)、しかもホットケーキを段々に重ねて、その上にクリームをデコレーションしたようなケーキがいいんですって。なので6段にしました。でも今日はお祝いで回転寿司(これも息子リクエスト)をたらふくいただいたので、ケーキは焼いたものの飾りつけと食すのは翌日持ち越しです。


今、彼はボーイスカウトの中で葛藤を抱えていて、それをどうするのか、自分で解決できるのか、とても大切なところに立っています。辞めたい、という気持ちはわかるんですが、その前に最善の努力をしてみたり、自分の気持ちを黙って処理しないで、言えるかどうかということもあります。親が無理やり続けさせていいのか、それともここは踏ん張りどころなのか、私自身も悩んでしまうところです。活動の内容がイヤというよりも、上の学年のおにいちゃんで、意地悪をされる(本人談)ので、自由な時間や遊びの時間も苦痛になってしまっているみたいですが、当然「自分のことは自分で解決する」がボーイスカウトの原理。「あのひとが意地悪する」と周囲の大人に訴えるだけでは通用しなくて「自分で言わないと駄目だ」と返される。そうなんですよね。自分の身を自分で守ることは大切なこと。ただ息子は気後れがあって言えないのかもしれません。そこを乗り越えてみて、それでも何も変わらない状態なら考えるべきなのかなって思ってみたり・・・。


でも私に対してはもちろん親子なので、遠慮なく怒りをぶつけるし、すぐに泣くし短気も起こす。
そんな風に、自分が理不尽だと思うとき、お母さんに言えるんだから、苦手としている上の子にも言えるといいんですが。なかなかそういうわけにもいかないんですね。


苦しさが人を育てるということと、可愛い子には旅をさせよ、ということはわかっているけれど、本当に難しいのはこの見極めですね。子供にとって良いということは何なんだろうかって(もちろんそれは良薬口に苦しだから本当は続けるべきなのかもしれませんが)親として「こうしてほしい」と押し付けているんじゃないかと考えてしまったり、でもその試練はとても重要なものなんだと思っているので、与えているわけですが。子供が受け止める体勢でなかったら苦手意識だけが募っていくんじゃないかという心配もあり・・・。


日曜日はボーイスカウトなんですが、今週は老人ホーム慰問という活動日なので、私もたまには息子と一緒に活動に参加しようと思っています。私は問題を解決することはできませんが、息子の表情を見て、楽しそうでなく終わっているならば、それはちゃんと把握しておかねばならないことだからです。
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プロフィール
HN:
志我雨音(しがあまね)
性別:
女性
職業:
占い師・レイキヒーラー・主婦
趣味:
ゆっくりとひとりカフェ♪
自己紹介:
日記をただつれづれなるままに書くだけでなく、自分にも、皆さんにも何かを感じていただけるような文章を作り上げたいと思います。
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