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占い師としての成長日記
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自分の思いというものがあって、それを貫きたいとき、思いの遂行を邪魔する者は自分にとって敵になりますよね。敵だから、それこそ叩きつぶさなくちゃならないわけです。煩わしいから。
でも今更ながら思ったんですが、敵から見たら、私こそが相手にとっての真の敵になっている事だってあるわけです。


それを教えてくれたのは夫ですね。


私、実は三年位前から裏ブログを持っています(爆)。
その裏ブログには、このブログに記載できない黒い記事を(核爆)、何が私の人生に起きたのかを詳細に記しておきたくて作りました。この裏ブログは公開するつもりもありませんし、私の中で忘れないためのメモ書きとしてとっておいてありますが、実は裏ブログには今までの生々しいやり取りが記載されているので、自分で書いておきながら見るのがとても辛くて、ほとんど手付かずなんです。ほったらかし(笑)。ブログのタイトルを読むだけでキューッと胃酸が上がってくるくらい、辛さの象徴なんですよ。


今日はその裏ブログを何ヶ月かぶりに更新しました。
この裏ブログは夫とのやりとりがすべて記載してあります。そのためのブログです。
正直、裏ブログを更新なんてしたくないのですが、書かずにはいられない気持ちでした。


夫とのやり取りで気持ちがどう動いたのか、どうショックを受けたのかを書きましたが、書きあがってUPして、もう一度その文章と向き合いながら思いました。


占いを何が何でもやろうと思っている私。
占いもいいけど家のこともしっかりやってくれよと思っている彼。
私は彼を協力してくれない、足を引っ張る敵だと思っていたけれど、彼からすれば私も立派な彼の人生の敵なのかもしれないです。なにせ、自分のために必死に動いてくれる妻じゃないのですから・・・。私は今日もいろいろ叫んでしまったんだけど、やっぱり私がいつも叫んでいることも、彼からしたら私のわがままにしか映らないこともあったんだろうか・・・って。
自分のしている叫びのすべてが正義じゃないということに、今日初めて、ようやく実感として気がついたんですね。


私はこれまで夫との関係のために輝夜師匠から二人の関係を占ってもらったり、自分でカードを展開したり、あといろんな方からアドバイスをいただいてきました。でも面白いことに私のことをあらわすカードは「女帝・逆位置」。
わがままな女性。不満の多い女性。ヒステリー。肥満。自分本位。そんな辛らつな意味があります(^-^;。
でもずっと「アタシは女帝の逆位置なんかじゃない!」と思って認められずにいました。それはきっと私のことを見てきた方々にはよくわかるんじゃないかと思います。私だけが、自分の今の姿を受け入れられずに狂っていたんですよね・・・。悪いのは夫だと思ってきたからです。自分がここで「私も悪いところがある」って言ってしまったら、夫に屈したことになる。あの夫に私は負けたくない。みんなにこの理不尽さを知って欲しくて、それこそ同情してもらいたいし、同情してもらえる内容だと信じきってここで声高に叫んできました。


今日はブログに自分の気持ちを書き出して、それを読み終わって、初めてですが、自分ってなんて自分中心なんだろうって思ったんです。相手の気持ちをわかっていながらそれをしてあげないんですから。相手に悪いなという謝罪の気持ちとはまた違うんですが、自分にも言い分があるように、相手にも言い分はあるんだろうな・・・と思ったんですね。もしかしたら、私が悪いこともあるのかもしれない。私は自分を善としている。相手は自分を善としている。そして相手を悪にしたくて必死になっている自分がいます。お互い様です。


「何でそんな些細なことに気づけないの!?」と思われる方がいても不思議ではありません。
しかも占い師という、人の気持ちを探るお仕事なのに、自分の夫婦という組み合わせで気づけないのですから。


私は夫を憎いと思っていたから、相手にも渦巻く感情や、私に対してこうして欲しいという希望があることをわざと無視していたんです。そんな希望を叶えてやりたくないと私はずっと思っていました。夫がなって欲しい妻になんてなってやるものか、絶対に!そんなふうにね・・・。
憎い気持ちは消えませんが、しかし、毎日を過ごしていく限り、憎しみで楽になるものなんてありません。


昨日、タイムリーにこんなメールが来ていました。
『逃げないで受け入れたほうが楽になるー私の人生を決めた言葉』
(佐藤愛子・作家)


自分こそが正しい!と無理に進もうとしていると、思わぬところで自分で自分の価値を下げていることを、今ようやく、輝夜師匠に教えられてきたことも含め、なんとなく、一本の糸でつながったような気がするんです。


もしかしたら、一回くらい相手の言うことを聞いてみてもいいのかもしれません。100%拒絶するんじゃなくて、自分が「反対されるんだったら、じゃあなんとか認めてもらえるように頑張ろう!」と相手のリクエストに応じつつ、でも相手の意見に曲げないところと曲げるところはしっかりラインを引くように。そうなるとうちの夫の場合は、相手が調子付いてしまうのが目に見えるからちょっといやなんですけど(苦笑)。敵だと思っているからうまく回るわけないですね・・・。夫婦って敵じゃないはずです。敵対するために結婚したんじゃない。相手を支えあう関係を作るために結婚したはずです。ボタンをひとつ掛け違えば、私たちのように決定的に憎みあうことになりますから、でもこの関係は夫婦ではなく敵対関係なんだと、過ちに気づいたほうから、一歩下がっていくしか道はないのかもしれません・・・。


逃げないで、私も受け入れるしかないですね。私の道はここにあるんだから。
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「光を育てる」というメッセージをいただいた翌日。
今日は私のことを見つめる時間をいただきました。


私は劣等感のゴリゴリの塊だったんですが、そこからの脱却を図ろうとしています。でも、私自身は未熟で至らないところだらけで、失敗も「あ!しまった!」も多い人間ですが、やっぱり考えても「だけど、この私でよかったんじゃないか」という結論が出てきました。


そりゃ思うことはいっぱいありますよ。
夫がもう少し話の分かる男性だったらよかったのに。
世帯収入がもう少しあればいいのに。
もう少し美人に生まれたらよかったのに。
きりのない欲望。
私も人間ですから(^-^;。小心者だし、見栄っ張りだし、暗いし。


でも今、この私がここにいなかったら、絶対に(少なくとも私の周囲の世界は)また違った世界になっていたと思います。どっちがいい世界、悪い世界という区分けではなくて、やっぱりこの私でいいんだとおもうんです。一生懸命生きる今の私を、この私が否定したら・・・悲しいものなんですね。それから、私が私を否定することは、私をダメなんだと決定付けることは、私のことを愛してくれる、心配してくださる人たちの想いを裏切ることでもあり、「私はこんな人間だから、あなたに愛される価値のない人間です」と間接的に伝えているようなものなんだってこともわかりました。そんなコミュニケーションをされたら、どんなに相手は傷つくことか。どんなに励ましても、励ましが届かない相手と向き合い続けることは本当に辛い作業になってしまうのです。そして「私がこんなにあなたのことを好きでもあなたはいつまでたっても自分を嫌いなのね。それはとても悲しいし、あなたと向き合うのは辛くなってしまうわ。」という悲しい結果になる可能性もあります。一緒にいてくれる人がいるって、ありがたいことですね。それこそ、本当に感謝すべき「光」の一つかもしれません。


でもこの私で生まれてよかったと思う気持ちが、今の私の中に少しでもあるのなら、私はまだやれる!と思ったし、私はきっと変わっていけるかもしれません。ずっと昔からある「私らしさ」といういいものを残しながら、なりたい自分に変わって行くことができるかもしれません。
38歳ですが、今からそういう芽を育ててもいいじゃないですか。


私のよさって何だろうってことが、今後の追究です。
皆さんには私の悪い部分はよ~~~く把握できたと思われるので(苦笑)、今度は劣等感をすべて消えるわけではないけど、今後は劣等感も出たとしても、そのかわり良しと知る部分も模索してみようかなと思います。


良さは時に短所にもなりますが(笑)、でも今のところ把握している私の最大の特徴は・・・「真面目」なことなんですね。真面目すぎるところがあるとはよく言われてきました。それゆえに「こうしなくては!」という方に力が入りすぎた状態に陥ることも多々あり・・・。よく皆さんに一斉に言われます。「そんなに肩に力を入れなくてもいいよ(^-^;」って。私もよ~~~く分かっています。肩こりを起こすくらいに肩に力が入ってしまうタイプだってことを。でもそんな真面目さが、時に私の愛らしさになり、私の悩みの原因にもなったりする、大事なキャラ要素なんですね。


一生懸命真面目にコツコツ。それでいいじゃないですか。
肩に力が入っているかも知れません。まあそれもいいじゃないかと。
真面目に取り組んでいる自分、結構好きです。こうやって落ち込んでも、それでも真剣に悩みと向き合おうとする自分、もしかしたら外から見ている方にとって私はかなり人生にテンパっている姿そのものかもしれませんが、これから私は悩みに食われないように、でも上手に乗り越える方法をいろいろ模索しますね。


今日の感謝・・・輝夜師匠との鑑定以来、今日は本当に珍しく、いろんな気づきがうわーっっと押し寄せてきた。震えるくらいにいろんな流れが理解できた。私の心は不安定な闇から、段々と「そうか、今度はこういう風にしてみればいいんだ。」という想いが育ち始めている。放棄しなくてよかった。討ち死に寸前の私をサポートしてくださったあらゆる存在に「ありがとうございました。」
昨日は小学校の運動会。秋晴れの中で開催された運動会は大盛況でした。我が家も家族全員で応援です。来年、小学校に入る娘も、今度は「未就園児競技・もうすぐいちねんせい」というかけっこに出られて大満足。義母は遅れて参加しましたが、みんなでお弁当を食べて、秋の一日を過ごしました。


私はその中でもひとつ不安がありました。


二年生は八木節をかなりアップテンポのバージョンで踊る表現の競技があるのですが、実はうちの息子、踊る、合わせる、というダンス部門はまったく×・・・八木節合格カードには半分以上不合格の空欄が。人間には得手不得手がある、踊りはもうあきらめた。餅は餅屋、踊りは踊り屋に任せるしかない!と開き直った私も、背が低くて一番前(しかもギャラリーから一番見える場所)で踊る息子のことが心配でなりません。「とにかく一生懸命踊っていらっしゃい」と送り出したものの、本当に大丈夫なのか気が気ではなかったです。


いよいよ二年生の八木節。
私は息子の前方から息子を見守りました。う~~~ん、なんて早いテンポの八木節。一番前の息子には、前の人の動きをカンニングして真似するという逃げ道がないのです。頑張れ!!!


音楽が鳴り出し、きちんと踊る子と比べてしまえば、息子はテンポがずれていましたが、それでも一生懸命全身を使って、楽しそうに踊っているではありませんか!いつの間に、こんなテンポのいい音楽についていけるようになったんだろう。小さいながらも、身体の「できること」は増えつつあるんですよね。なんだかそう思ったら、ジーンとしました。ありがとう、神様。そんな気持ちです。私の中で、合格シールを貼ってあげようと思います。


親が子供にできることで、子供のためになることって何だろう。
そもそも、何を子供は求めているんだろうってずっと考えていました。
子供に尽くすことってどういうことなんだろうって。


正解はたくさんあるかもしれないけれど、この日私はひとつの私の回答を見つけたと思います。


「他人と比べるのではなく、子供の姿をただ見つめてあげること。」
息子は誰かと比べられて叱られるために演技をしているわけではないのです。お父さんお母さんに自分を見てもらいたい、それだけのために動いている。
そんな「見てほしい」という気持ちを受け止めたら、演技をずっと見てあげること。それが子供にとって親にしてもらいたいことかもしれません。
見てあげる。集中して視線を注いであげるだけでいいのです。子供は批判を待っているわけではなく、自分を見てもらいたいんですね。


一生懸命に踊り走る、息子の姿は、私にとっても、どんな高価な贈り物よりも大事で、一番大事なものなのだから・・・。そう思いながら見つめるのと、「何よ!全然合っていないわね!みんな上手なのに!」と思いながら見つめるのとでは、目の優しさがまったく違うと思います。


温かいまなざしで、見守ってあげたいものです。
他人との違いではなく、目の前のわが子そのままの姿を。
保育園や学童への送迎は、できるだけ自転車を使うようにしています。
離れているのでついつい歩かずに自転車なんですが・・・雨の日は二人をいっぺんに送迎できるから自動車で。普段は家に篭って鑑定の電話を待つのが日課なので、一日二回ある送迎タイムは唯一の外出になります。おりからのガソリン高で、できるだけ自転車を使っています。でも・・・自転車が電動なので、エコ100%とはちょっと言い難い・・・(笑)。そうでないと子供二人乗せての坂道は大変です!


すっかり涼しくなってきたけれど、山の上にある保育園にたどり着く頃は私の息もあがっています。


それでもその坂のきつさはなんとなく、今の私には必要な気がしますし、汗をかいて上る坂道の途中には、うっそうとした森があるのですが、その空気のトンネルをくぐるのがすごくいいんですよ!洗車機に入る自家用車のようなものですよ。上るときは必死なので周りの光景も見ずにこぎまくるのですが、下りは格別!シャツにあたる風の心地よさは、車では味わえません。人通りもほとんどない道なので、かなりスピードを出してしまいます。


そう、車と自転車じゃ、同じ道でも全然感動が違うんですよ!車だとやっぱり景色も見ないし、風も感じないです。動く箱の中ですからね。自転車だと、風が冷たくなってきたこと、枯葉が増えてきたこと、空気の匂いが夏とは違うこと、虫の鳴き声が悲しくなってきたこと、そんなささいな変化がわかるんです。自然の中に身を置いていると自分の器官が全力でそれを感じようとする。その流れが面白いのですよね。


そういわれてみたら、五感の中に「触覚」という感覚があります。
皮膚に触るものをどう感じるのかという当たり前のようにある感覚ですが、「気持ちいい!」という言葉は、触覚からもたらされるものが一番多いんじゃないでしょうか。


温泉につかったときの第一声。走り終えた後の風が心地よいこと。大好きな人と抱きしめあえるとき。おろしたてのシャツや品質のいいシャツなんかを身にまとうとき。木綿の肌触り。クィックマッサージで施術者の手がマッサージを上手にしてくれたとき。汗をかいた後のシャワーを浴びるとき・・・そんなふうにして「気持ちいい」瞬間を切り取ってみると、私たちは必ず触覚と繋がっているんですよね。触れることで気持ちよさを感じることがいっぱいあります。触れ合って育つといいますが、人は人だけではなく、あらゆるものと触れ合って育つ必要があるんですね。


「痛い」「冷たい」「暖かい」といった触感もそうですが、五感を通して入ってくる自然は私を解放してくれます。「あ、自分はこんなに悩んでいたけれど、空は青いな。こんなに悩んでも空はきれいだよな\(⌒▽⌒)/」って切り替えができる。そんな瞬間がとても大事で、今の私にはかけがえのない自転車タイムです。


来年になったら、二人が小学生になってしまったら、気持ちのよかった朝の送迎がなくなってしまうので、自発的にウォーキングをしたいと思っています♪ダイエットだと思うと長続きはしないので(苦笑)、自分の感情を固まらせないために、気分転換としてやってみるつもりです。
いろいろ書こうと思うことはありますが、でもどれも「これ!」と思えるものではなかったり、書いていて「なんだか、こんなことが書きたかったわけじゃないのよね」と立ち止まったり、消去したりして、記事を進められません。結構難産です(苦笑)。


なので、本当に日記みたいで申し訳ないですが、起きたことを書こうと思います。


①うれしかった事?!


私は会社が作ってくださった鑑定士名と顔写真の入った名刺を持っています。でもこれを人にあげたことはほとんどなく、常に電話台の横に置いてあります。それが、娘がこの名刺を見て「このママ、いつもと全然違う~~~!!」といいました。その顔写真をとったのは一年半前ですし、その日は美容院に出かけてセットしてもらってから撮影に臨み、しかもいつもメガネをかけている私ですが、自己PR用のポートレートですから気合を入れてコンタクトに、しっかりメイクも施しました。営業用のスマイルです。いつもと違うのは当たり前かも(笑)。


で、娘に「どっちのママが素敵?」と聞いてみたら、「いつものママ。」と回答されました。いつもの私なんて・・・まるでのびたくんのお母さんから色気を抜いたような私のほうがいいなんて、私って一体・・・(^-^;A


つぶやきで終わってしまってごめんなさい!



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HN:
志我雨音(しがあまね)
性別:
女性
職業:
占い師・レイキヒーラー・主婦
趣味:
ゆっくりとひとりカフェ♪
自己紹介:
日記をただつれづれなるままに書くだけでなく、自分にも、皆さんにも何かを感じていただけるような文章を作り上げたいと思います。
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