占い師としての成長日記
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もうめでたくもなんでもないけど(苦笑)、私の誕生日でした。
38才ですよ。38才!!
自分の年齢が時々信じがたくなってきました。書類に記載する際「あれ?いくつだったっけ?」と自らボケをかますこともあるくらいです。
あと38年、同じ時間を重ねたらおばあちゃんですよ。76才!!(汗)(汗)(汗)・・・。
誰から見ても、どうあがいても「おねえちゃん」「お嬢さん」ではないです。体だって、どこか欠陥のひとつでも出てくるかもしれませんよね。
私の子供たちだって、44才と43才になって、世の中の中年族です。そのころ日本はどうなっているでしょうね。資源のこと、環境のこと、心のこと。今より、貧乏な生活を強いられていても、心の面での豊かさが少しでもとりもどされ、悲しい事件が相次がない事を祈るばかりです。
子供たちはお誕生日にはけんかをしないでくれ、それがお母さんにとって最高のプレゼントだ、と言っておきましたら、兄弟げんかあまりしませんでしたね。毎日誕生日だったらいいのに・・・(ため息)
自分から自分へのプレゼントは、水晶クラスターです。
中国産なのでお安いのですが、ほどよい大きさで廉価でしたので、即決。
記念日にはいつも、自分で自分に石をプレゼントするようになりました。
洋服とかはユニクロで十分。石だけは、自分が気に入ったものがほしいと思いますね。家族で、イオンモールに出かけて、食べ放題を味わいました。しかも、食べ放題の店で、六歳と五歳の子供の年齢を、五歳と三歳と偽り、食費を浮かせた上、クーポン券を使ってさらにお得に済ませてしまったという、実に、エコノミーなバースディですよね~~(体が小さいことは、ネガティブなことばかりではないのです!)
誕生日の日は、朝、母親にメールを送りました。
携帯電話でメールを打つ、ということがようやくできるようになった母ですが、携帯電話を持つという習慣がないので、見てくれるのかどうかわからなかったけど、誕生日は自分を生んでくれた人に感謝する日だからということを実践しようと思って、生まれて初めて、母親に「生んでくれて、育ててくれてありがとう」と打ち、送りました。
本当は、ちゃんと目を合わせたり、顔を見ていってあげなくちゃいけないけど、なんだか気恥ずかしくてそんなこといえませんでしたし、そこまで親に感謝するという気持ちに目覚めていなかったんでしょうね。
「私は、お父さんとお母さんのもとに生まれて、育ててもらって、何の不安もない生活をさせてもらえて、本当に恵まれていると思うよ。」って。
これからの残りの人生は、誰かに与える人生を送りたいです。今まで私は与えてもらうばかりの人生でした。親、祖父母、兄、友達、師匠、仲間、同僚、ママ友達・・・。今度は自分が、未熟ながらも誰かをはぐくみ、頼られる存在に変わりたいのです。だから、与えてもらってばかりの人生で終わりたくないと思います。もちろん、現実的に子供のお世話やケア、精神的な支えになっていなくてはと思います。
ヒーラーになって、占い師になって、母親にもなって、まだまだ、資格試験をクリアしただけで、本当の実践で何もしていない。この命をちゃんと人のために役立てるように生きていない。
これからは、自分のために生きるのも大事、自分の周りの人のために生きるのはもっと貴い。
さて、珍しいことに母から、すぐにメールが返信されてきました。
携帯に不慣れな母が、一生懸命打ったと思える文章でした。
「おとうさんとふたりで応募してるからね」と最後に締めてありましたが「応援でしょ!」とメールに突っ込みを入れてしまいました(^^;
でも、そんな文章でも、気持ちが伝わってきたから。
いろんな不安や葛藤はありますが、38才という責任のある年齢に恥じないように、いろんなことを体験し、心を深めていこうと思います。
山羊座の性質そのままの堅い文章になっていますが、誰かの悲しみに寄り添い、誰かの喜びに一緒につきあえるような、そんな心を忘れず、命があるという当たり前の幸せを大事にできる、そんな38才の女性になりたいですね。あと、やせたいです。ハイ(爆)。
38才ですよ。38才!!
自分の年齢が時々信じがたくなってきました。書類に記載する際「あれ?いくつだったっけ?」と自らボケをかますこともあるくらいです。
あと38年、同じ時間を重ねたらおばあちゃんですよ。76才!!(汗)(汗)(汗)・・・。
誰から見ても、どうあがいても「おねえちゃん」「お嬢さん」ではないです。体だって、どこか欠陥のひとつでも出てくるかもしれませんよね。
私の子供たちだって、44才と43才になって、世の中の中年族です。そのころ日本はどうなっているでしょうね。資源のこと、環境のこと、心のこと。今より、貧乏な生活を強いられていても、心の面での豊かさが少しでもとりもどされ、悲しい事件が相次がない事を祈るばかりです。
子供たちはお誕生日にはけんかをしないでくれ、それがお母さんにとって最高のプレゼントだ、と言っておきましたら、兄弟げんかあまりしませんでしたね。毎日誕生日だったらいいのに・・・(ため息)
自分から自分へのプレゼントは、水晶クラスターです。
中国産なのでお安いのですが、ほどよい大きさで廉価でしたので、即決。
記念日にはいつも、自分で自分に石をプレゼントするようになりました。
洋服とかはユニクロで十分。石だけは、自分が気に入ったものがほしいと思いますね。家族で、イオンモールに出かけて、食べ放題を味わいました。しかも、食べ放題の店で、六歳と五歳の子供の年齢を、五歳と三歳と偽り、食費を浮かせた上、クーポン券を使ってさらにお得に済ませてしまったという、実に、エコノミーなバースディですよね~~(体が小さいことは、ネガティブなことばかりではないのです!)
誕生日の日は、朝、母親にメールを送りました。
携帯電話でメールを打つ、ということがようやくできるようになった母ですが、携帯電話を持つという習慣がないので、見てくれるのかどうかわからなかったけど、誕生日は自分を生んでくれた人に感謝する日だからということを実践しようと思って、生まれて初めて、母親に「生んでくれて、育ててくれてありがとう」と打ち、送りました。
本当は、ちゃんと目を合わせたり、顔を見ていってあげなくちゃいけないけど、なんだか気恥ずかしくてそんなこといえませんでしたし、そこまで親に感謝するという気持ちに目覚めていなかったんでしょうね。
「私は、お父さんとお母さんのもとに生まれて、育ててもらって、何の不安もない生活をさせてもらえて、本当に恵まれていると思うよ。」って。
これからの残りの人生は、誰かに与える人生を送りたいです。今まで私は与えてもらうばかりの人生でした。親、祖父母、兄、友達、師匠、仲間、同僚、ママ友達・・・。今度は自分が、未熟ながらも誰かをはぐくみ、頼られる存在に変わりたいのです。だから、与えてもらってばかりの人生で終わりたくないと思います。もちろん、現実的に子供のお世話やケア、精神的な支えになっていなくてはと思います。
ヒーラーになって、占い師になって、母親にもなって、まだまだ、資格試験をクリアしただけで、本当の実践で何もしていない。この命をちゃんと人のために役立てるように生きていない。
これからは、自分のために生きるのも大事、自分の周りの人のために生きるのはもっと貴い。
さて、珍しいことに母から、すぐにメールが返信されてきました。
携帯に不慣れな母が、一生懸命打ったと思える文章でした。
「おとうさんとふたりで応募してるからね」と最後に締めてありましたが「応援でしょ!」とメールに突っ込みを入れてしまいました(^^;
でも、そんな文章でも、気持ちが伝わってきたから。
いろんな不安や葛藤はありますが、38才という責任のある年齢に恥じないように、いろんなことを体験し、心を深めていこうと思います。
山羊座の性質そのままの堅い文章になっていますが、誰かの悲しみに寄り添い、誰かの喜びに一緒につきあえるような、そんな心を忘れず、命があるという当たり前の幸せを大事にできる、そんな38才の女性になりたいですね。あと、やせたいです。ハイ(爆)。
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もう7日の朝ですのに、明けましておめでとうもないかもしれませんが、今年最初の日記です。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今朝は生まれて初めて?!七草粥を作りました。今のところ新年の目標は順調にクリアしている私です。
新年の目標・・・っていうか、目標にするのもおかしいのですが。
今年は、できるだけ和食を、手作りにこだわることが目標です。といってもおおげさなもんじゃないです。朝ごはんをご飯と味噌汁にすること。できるだけイベント以外に外食に頼らないこと。小麦も値上がっていることですし、マーガリンや牛乳も今年は値上げされてしまうし、そもそも、パン食は楽チンなので私の強い味方ですが、楽チンな半面。高カロリーで、野菜不足になることは否めないのです。私は生野菜が苦手なので、スクランブルエッグにトマトを添えて・・・なんて、できませんので、やはり野菜をたくさんいただけるのは味噌汁!これに限ります。パン食にしたら、それだけパン代もかかりますし、便秘体質の私には、和食がいいと思います。
あと、霊的な部分で考えたことですが、私が家族に対して「これを美味しく食べて元気になって欲しい」と米をとぐこと、野菜を切って鍋に入れることで、私は家族の食べるものに手をふれ、私の気を入れることが出来ます。私の気で、体を作ってもらうこと。それが、一番重要なのではないでしょうか。外食ですと、そうはいきません。スーパーのお惣菜も然り。見も知らない誰かのエネルギーをいただくわけですから。これに関しては、以前輝夜師匠がブログで書いていましたが、本当にそのとおりです。
日本という国土に合っている主食は米です。米は日本の、この私たちが生きている大地と相性がいいわけです。この国で生きていくためには、できるだけこの国と相性にいいものをいただいたほうがいいわけです、小麦は海外から輸入されるものが大半でしょう。小麦を主食にするということは、体内を構成するものと、日本の風土とがちぐはぐすることであるのだから、やはり体調になんらかの変化をもたらすものだと思います。生まれ育った国土のものを出来るだけとることは、今の日本をよりよいものにするための、当たり前だけど、とても重要なことではないのでしょうか?
私は子供時代、パンは学校給食にしか出ない憧れの食べ物でした(笑)。
農家で米を作っていたから、365日、朝はご飯。もちろん、昼も夜も。たまにチャルメラとか、乾麺のうどんなんかをつくってもらったけど、あとはひたすら我が家で生産したお米。しかも、肥料は、自分ちのトイレからくみあげたものです(爆)。これ、最強の食料ですよね!
だから、私は20代、東京に出るまで、アトピーもアレルギーもな~~んにもない、風邪ひとつ引かない元気な女でした。
しかし、20代後半で、ひとり暮らしで東京のファーストフードに目覚めたのがいけませんでした。そのころは若くて体力もあるから、全然平気でいましたが、マクドナルド週三回、パン屋さん大好きで、コーヒーは一日五杯。ごはんは会社のお昼ご飯のみ。それで栄養補給してましたし、ダイエットもたくさんしてました(笑)。
そのつけが、結局今、生んだ子供や、自分の30代の体に出ているんですよね。ホント、息子のハウスダスト(多分花粉も入っている)も、娘のしつこすぎる蓄膿も、私自身の花粉症も、自ら招いた種なんです・・・。
子供の精神的なもののためにも、安定感を作り出すためにも、もしかして、和食ってすごくいいんじゃないかって思います。味噌汁を飲むと「ああ、ほっとする」って思いますよね?安心感を食事で得ることが、もしかしたらこの私の作り出す食卓には欠けているんじゃないかと思います。
なので、最近まったくいうことを聞かない反抗期真っ盛りの子供たちが、私の目標を後押ししてくれたのかもしれません。
油っぽい食事が、そろそろ駄目になってきたという、胃からのサインかもしれませんが・・・(^^;食べることを大事にする。それは、美味しいものをお金を出して食べるということじゃなくて、自分の体の調子を整えること、食事で季節を感じるようなものを作ることなんだと思います。
田舎の両親が今も、美味しいお米を作ってくれるので、今年はこれに雑穀米などをブレンドして、ご馳走はそんなに作れないけど、毎日の食事は温かく並べたいですね。
今朝は生まれて初めて?!七草粥を作りました。今のところ新年の目標は順調にクリアしている私です。
新年の目標・・・っていうか、目標にするのもおかしいのですが。
今年は、できるだけ和食を、手作りにこだわることが目標です。といってもおおげさなもんじゃないです。朝ごはんをご飯と味噌汁にすること。できるだけイベント以外に外食に頼らないこと。小麦も値上がっていることですし、マーガリンや牛乳も今年は値上げされてしまうし、そもそも、パン食は楽チンなので私の強い味方ですが、楽チンな半面。高カロリーで、野菜不足になることは否めないのです。私は生野菜が苦手なので、スクランブルエッグにトマトを添えて・・・なんて、できませんので、やはり野菜をたくさんいただけるのは味噌汁!これに限ります。パン食にしたら、それだけパン代もかかりますし、便秘体質の私には、和食がいいと思います。
あと、霊的な部分で考えたことですが、私が家族に対して「これを美味しく食べて元気になって欲しい」と米をとぐこと、野菜を切って鍋に入れることで、私は家族の食べるものに手をふれ、私の気を入れることが出来ます。私の気で、体を作ってもらうこと。それが、一番重要なのではないでしょうか。外食ですと、そうはいきません。スーパーのお惣菜も然り。見も知らない誰かのエネルギーをいただくわけですから。これに関しては、以前輝夜師匠がブログで書いていましたが、本当にそのとおりです。
日本という国土に合っている主食は米です。米は日本の、この私たちが生きている大地と相性がいいわけです。この国で生きていくためには、できるだけこの国と相性にいいものをいただいたほうがいいわけです、小麦は海外から輸入されるものが大半でしょう。小麦を主食にするということは、体内を構成するものと、日本の風土とがちぐはぐすることであるのだから、やはり体調になんらかの変化をもたらすものだと思います。生まれ育った国土のものを出来るだけとることは、今の日本をよりよいものにするための、当たり前だけど、とても重要なことではないのでしょうか?
私は子供時代、パンは学校給食にしか出ない憧れの食べ物でした(笑)。
農家で米を作っていたから、365日、朝はご飯。もちろん、昼も夜も。たまにチャルメラとか、乾麺のうどんなんかをつくってもらったけど、あとはひたすら我が家で生産したお米。しかも、肥料は、自分ちのトイレからくみあげたものです(爆)。これ、最強の食料ですよね!
だから、私は20代、東京に出るまで、アトピーもアレルギーもな~~んにもない、風邪ひとつ引かない元気な女でした。
しかし、20代後半で、ひとり暮らしで東京のファーストフードに目覚めたのがいけませんでした。そのころは若くて体力もあるから、全然平気でいましたが、マクドナルド週三回、パン屋さん大好きで、コーヒーは一日五杯。ごはんは会社のお昼ご飯のみ。それで栄養補給してましたし、ダイエットもたくさんしてました(笑)。
そのつけが、結局今、生んだ子供や、自分の30代の体に出ているんですよね。ホント、息子のハウスダスト(多分花粉も入っている)も、娘のしつこすぎる蓄膿も、私自身の花粉症も、自ら招いた種なんです・・・。
子供の精神的なもののためにも、安定感を作り出すためにも、もしかして、和食ってすごくいいんじゃないかって思います。味噌汁を飲むと「ああ、ほっとする」って思いますよね?安心感を食事で得ることが、もしかしたらこの私の作り出す食卓には欠けているんじゃないかと思います。
なので、最近まったくいうことを聞かない反抗期真っ盛りの子供たちが、私の目標を後押ししてくれたのかもしれません。
油っぽい食事が、そろそろ駄目になってきたという、胃からのサインかもしれませんが・・・(^^;食べることを大事にする。それは、美味しいものをお金を出して食べるということじゃなくて、自分の体の調子を整えること、食事で季節を感じるようなものを作ることなんだと思います。
田舎の両親が今も、美味しいお米を作ってくれるので、今年はこれに雑穀米などをブレンドして、ご馳走はそんなに作れないけど、毎日の食事は温かく並べたいですね。
今週は大変ハードな週でした
土曜日の夜に熱を出し、悪寒と関節痛と高熱にうなされて、救急病院に。
インフルエンザかと思いました。なんとなく胃の調子が悪いな・・・と思っていたら、全身にけだるさが・・・。検査の結果はシロ。鼻の奥に検査の綿棒を突っ込まれて、あれは本当に痛いんですね。泣けます。
翌日の日曜日は娘の誕生日だったので、回転寿司に行くことと、ケーキを焼くことを約束していたのですが、気持ちが悪いのと頭が痛いので眠っていました。本当にかわいそうなことをしてしまいました。息子はボーイスカウト活動に行く前に「ママと行く~~」と言い出して大泣きするし、横になって休んでいても、夫が「あれはどこにある?」「あれは?」とか聞くので、おちおち眠れず、しかも上の階に住んでいるお子さんが、室内で縄跳びをしているんじゃないかというくらいの爆音を立てて騒いでいて、枕もとの窓枠がガタガタゆれるんで、私は気が狂いそうになりましたよ(爆)。夫が娘に昼ごはんを作る会話とかも「カップラーメンでいい?」「いいよ」とか言い合っているし、ああ、年に一度しかない誕生日になんでカップラーメンしか作れないんだよぉ・・・と思いながらも体が動かず、たまにトイレでリビングを通れば、散々たる室内に絶句をし、誰も私のご飯など作れないという真実を知り、私は「母が倒れると最悪」という真実を身をもって体感しました。
実は今年39度台の熱を出すのは二度目。一度目は、同居していたときでしたし、たまたま実家の母が来てくれていた時だったので、熱を出しても静かに寝かせてもらいました。結婚してから、私が具合が悪くても、必ず義母が助けてくれたので、食事とかに困ったことはなかったんですが、核家族になると、こういうとき脆弱体質であることがわかります。私はもう、どんなことがあってもウイルスに負けるわけにはいかないということですね。
ケーキだけは焼こうと思って、夕方まで休んでから焼き始めました。
でも、楽しみにしていた誕生日は、本当にこれくらいしか祝ってあげられなくて、娘には悪いことをしたなあと思います。
久しぶりに、横になって一日過ごしましたが、上の騒音がうるさくて、本当に「すいません!寝てるんで!」と言いたくなりました、が、我慢をして布団をかぶりました。なんだか久しぶりに、情けないやら、誰も私の気持ちなんてわからないのよ、そんな投げやりな気持ちが襲ってきて「ア、こりゃイカン。来てる来てる」と自分にブレーキをかけました。
別に自分は今、ただ風邪を引いて寝ているだけで、借金取りに追われているわけでも、誰かに恨まれているわけでもないのに、簡単に不幸のどん底を味わっていると思ったら、何だかおかしくなってきました。
不幸せになれるのは簡単なんだと。なんだかんだ理由をつけて、「私ってなんてかわいそうなの」と言えば、悩んでいる人の完成。
でも、それって・・・今の私が繰り返すべき思考パターンにしたら幼いやり方じゃない?と思えたら、自分で自分が可笑しくなってきて、そこでもう一度、ゆっくり目を閉じて休むことが出来ました。
月曜日から復帰して「さあ、やるぞ!」と思っていたら、風邪のばい菌は息子にとりついたらしく、寝ている息子の足がものすごく熱い!
いやな予感がして熱を測ったら・・・「!Σ( ̄□ ̄|||)」
息子は日記にも書きましたが、先週はとびひ悪化で休み、今度は熱でお休みです。予約が取れないほど混雑している小児科で診察を待ち、受けた診断は「溶連菌」。今年二度目の溶連菌でした。かかりやすい体質なのか、疲れがたまると出るのか。でも疲れるようなことはあまりしていないと思うんですが(苦笑)・・・。
隣でどんなに激しい嘔吐下痢をしても、とびひがあっても、溶連菌がきても、一切感染したことがないたくましい娘と比べて、息子は、まるで網のように病気をキャッチして生活してるような気がします。私の風邪が原因で溶連菌も活性化してしまったんでしょうけど・・・。
在宅で電話鑑定をしている私にとって、子供の体調不良は、欠勤になります。まさか、人生相談をしているときに「ママ~おしっこ~」と言われたら、何度謝っても謝りきれません。仕方ないんですが・・・。もし自分や夫の親が近くにいたら、きっと「仕事だから、今日一日見てて!」と頼んだりするんでしょうか。働いている親はきっとそういうことを乗り越えてきたんでしょうね。残念ながら、私の周りにそういった救済者はいないのです。今は、引越しして、人間関係が広がっていないから尚更です。
私が倒れても、息子が倒れても、家族四人の中で交代してこなしていくしかない。そういう意味で核家族って、病気や怪我などの大変なときは息切れを起こしそうですよね。
私も、この家を守るのは自分しかいないんだという真実を改めて実感した風邪の嵐でした。
息子も、今日は久しぶりに学校に行きました♪
今学期最後の給食が食べたかったそうです。
私も、鑑定時間を短縮しましたが、久しぶりにお仕事に入れました。
土曜日の夜に熱を出し、悪寒と関節痛と高熱にうなされて、救急病院に。
インフルエンザかと思いました。なんとなく胃の調子が悪いな・・・と思っていたら、全身にけだるさが・・・。検査の結果はシロ。鼻の奥に検査の綿棒を突っ込まれて、あれは本当に痛いんですね。泣けます。
翌日の日曜日は娘の誕生日だったので、回転寿司に行くことと、ケーキを焼くことを約束していたのですが、気持ちが悪いのと頭が痛いので眠っていました。本当にかわいそうなことをしてしまいました。息子はボーイスカウト活動に行く前に「ママと行く~~」と言い出して大泣きするし、横になって休んでいても、夫が「あれはどこにある?」「あれは?」とか聞くので、おちおち眠れず、しかも上の階に住んでいるお子さんが、室内で縄跳びをしているんじゃないかというくらいの爆音を立てて騒いでいて、枕もとの窓枠がガタガタゆれるんで、私は気が狂いそうになりましたよ(爆)。夫が娘に昼ごはんを作る会話とかも「カップラーメンでいい?」「いいよ」とか言い合っているし、ああ、年に一度しかない誕生日になんでカップラーメンしか作れないんだよぉ・・・と思いながらも体が動かず、たまにトイレでリビングを通れば、散々たる室内に絶句をし、誰も私のご飯など作れないという真実を知り、私は「母が倒れると最悪」という真実を身をもって体感しました。
実は今年39度台の熱を出すのは二度目。一度目は、同居していたときでしたし、たまたま実家の母が来てくれていた時だったので、熱を出しても静かに寝かせてもらいました。結婚してから、私が具合が悪くても、必ず義母が助けてくれたので、食事とかに困ったことはなかったんですが、核家族になると、こういうとき脆弱体質であることがわかります。私はもう、どんなことがあってもウイルスに負けるわけにはいかないということですね。
ケーキだけは焼こうと思って、夕方まで休んでから焼き始めました。
でも、楽しみにしていた誕生日は、本当にこれくらいしか祝ってあげられなくて、娘には悪いことをしたなあと思います。
久しぶりに、横になって一日過ごしましたが、上の騒音がうるさくて、本当に「すいません!寝てるんで!」と言いたくなりました、が、我慢をして布団をかぶりました。なんだか久しぶりに、情けないやら、誰も私の気持ちなんてわからないのよ、そんな投げやりな気持ちが襲ってきて「ア、こりゃイカン。来てる来てる」と自分にブレーキをかけました。
別に自分は今、ただ風邪を引いて寝ているだけで、借金取りに追われているわけでも、誰かに恨まれているわけでもないのに、簡単に不幸のどん底を味わっていると思ったら、何だかおかしくなってきました。
不幸せになれるのは簡単なんだと。なんだかんだ理由をつけて、「私ってなんてかわいそうなの」と言えば、悩んでいる人の完成。
でも、それって・・・今の私が繰り返すべき思考パターンにしたら幼いやり方じゃない?と思えたら、自分で自分が可笑しくなってきて、そこでもう一度、ゆっくり目を閉じて休むことが出来ました。
月曜日から復帰して「さあ、やるぞ!」と思っていたら、風邪のばい菌は息子にとりついたらしく、寝ている息子の足がものすごく熱い!
いやな予感がして熱を測ったら・・・「!Σ( ̄□ ̄|||)」
息子は日記にも書きましたが、先週はとびひ悪化で休み、今度は熱でお休みです。予約が取れないほど混雑している小児科で診察を待ち、受けた診断は「溶連菌」。今年二度目の溶連菌でした。かかりやすい体質なのか、疲れがたまると出るのか。でも疲れるようなことはあまりしていないと思うんですが(苦笑)・・・。
隣でどんなに激しい嘔吐下痢をしても、とびひがあっても、溶連菌がきても、一切感染したことがないたくましい娘と比べて、息子は、まるで網のように病気をキャッチして生活してるような気がします。私の風邪が原因で溶連菌も活性化してしまったんでしょうけど・・・。
在宅で電話鑑定をしている私にとって、子供の体調不良は、欠勤になります。まさか、人生相談をしているときに「ママ~おしっこ~」と言われたら、何度謝っても謝りきれません。仕方ないんですが・・・。もし自分や夫の親が近くにいたら、きっと「仕事だから、今日一日見てて!」と頼んだりするんでしょうか。働いている親はきっとそういうことを乗り越えてきたんでしょうね。残念ながら、私の周りにそういった救済者はいないのです。今は、引越しして、人間関係が広がっていないから尚更です。
私が倒れても、息子が倒れても、家族四人の中で交代してこなしていくしかない。そういう意味で核家族って、病気や怪我などの大変なときは息切れを起こしそうですよね。
私も、この家を守るのは自分しかいないんだという真実を改めて実感した風邪の嵐でした。
息子も、今日は久しぶりに学校に行きました♪
今学期最後の給食が食べたかったそうです。
私も、鑑定時間を短縮しましたが、久しぶりにお仕事に入れました。
子供を通してのお母さん同士のお付き合いを煩わしい、億劫だ、苦痛だ、と感じている方が意外と多いのが、鑑定を通して知ることでもあります。
私も今現在進行形で、子供を通しての知り合いでしか友人を作るということはないので、とてもその問題をリアルに感じてしまいます。新しい場所に引っ越してきて、私の人間関係は一転しました。以前は、子供を通じた友達同士で呼び合ったり、ご飯をごちそうになったり、子供を見てもらったり・・・一週間のうち二日か三日は誰かの家にお邪魔したり、してあげたりだったんじゃないでしょうか。
濃密な関係があったのが、以前の生活でした。ところが・・・
今、新しい土地では、子供のためのおやつの皿が一回も使われたことが無く、戸棚の奥で眠っています(笑)。
私も、お母さん方と接触する機会はガクンと減りました。
娘は保育園ですので、働く親は送迎の時間が違うと、本当に一年くらい会わないお母さんだっているんですよ。迎えにいくのが五時くらいだから「今からうちに遊びに来ませんか?」っていうのもできませんしね。
「おはようございます」「さようなら」・・・これだけで保育園のお母さんとつながってる感じです。
でも、不思議なもので、そんな殺伐とした会話しかしていないのに、なぜかあるお母さんとご縁があり、月に一度近所のおいしい店に食事に行ったり、その際はお互いの家でお茶をしたり、出かける計画を立てられるようなご縁をいただきました。
その方とはその時間以外、特別にメールしたりしているわけでもないし、
よく会うということでもないのですが、月に一度のお楽しみの日に、彼女と行動することが私にとっては苦痛とか緊張とかを伴わないのです。
つまり、自分にとってとても気が楽で、自分を出せる相手なんでしょうね。
今回、彼女が運転をしてくれて、近郊の大きなショッピングモールに出かけました。前々から約束していたのですが、私は自分本位買い物型のB型なので、人とショッピングなんかできるのかな~~~とちょっと不安を抱きながらだったのですが、不思議なことにその緊張や不安を抱いていた自分が恥ずかしいほど、そんな心配は無用に終わりました。
ショッピングを共にすると言うことは、女性にとって難しいものです。
特に私のように、見栄っ張りな女性には・・・。セール品ばっかり見てたら笑われちゃうかな?とか考えちゃうんですよね。
私も変なところが負けず嫌いなので、そういった見栄を張るのが苦痛で、人とショッピングだけは約束してきませんでした。ましてや主婦同士の買い物ですから、それぞれの家計状態だって違うでしょうし。
でも、一日ショッピングモールを歩いていても、気疲れすることも無く、お互いに気持ちのいい買い物をして帰ることができたので、これは意外な収穫でした。あ、私、他人と買い物できたんじゃん!みたいな(苦笑)。
相性と言うこともありますが、相手の方が私に気を使ってくださったからですよね。そのお母さんの方が、影では疲れ果ててしまったかもしれませんが、「楽しかったね!また次回が楽しみだね」と言ってくれたので、なんだかほっとしました。
私は中学時代に「あんたと話していてもつまんないんだよ」と言われてから、自分が話すことにものすごい劣等感や、プレッシャーを感じてきました。「楽しませてあげないと嫌われる」というパターンでいつも人と向き合ってしまうので、無理なんですけど、たまにこのトラウマを完全に消しきれない自分がいやになるときもあります。私にとっての人間関係の構築は、常にこの「楽しくないと嫌われる」というものが基盤にあって、どこかでせかせかしているものだったかもしれません。
子供同士がたまたま同じ学年で同じ土地に育っているというだけでつながるお母さん同士の輪。
私はそこに入ることを恐れてもいますし、そこに入れば必ず自分が救われたりすることも知っています。学びの場所だと思うようにしています。
今回、何の偶然でこのお母さんと仲良くなったのかはもう忘れてしまったのですが(笑)、感覚が似ているというのかな、笑ったりする場所が同じで、いつまでも会話ができるというのが、不思議です。
類は友を呼ぶと言う言葉が大好きな私ですが、できるだけ明るく振舞うことで、自分にとって安らげる関係がやってくるってこともあるんですね。
私はここでロンリーな生活だと思っていましたが、そのお母さんと話していると、「ロンリーでもなかったね。よかったじゃん!自分!」と思えます。どこで誰とめぐり合い、意気投合するかなんて誰にもわかりません。
でも、意気投合することってこんなに楽しいことだったんだね、と思いますし、人間の人生って、捨てたもんじゃないなあ。孤独に生活しようとするほうが本当はもっと難しいんじゃないかと思います。
人間関係の中で生きること。その人間は関係の中で生きていく生き物。
そしてその人と人との関係やご縁を占うものが占い。
だから、私は自らの人生で、自分とかかわりあう人との関係を大事にしなければいけないと感じています。夫や子供や、両親や、嫁ぎ先の両親も、私と人間関係を結んだ人です。
みんなとフィーリングの一致があればこの上ない幸せですが、そうはいかないところが、きっと人間の宿題なんですよね。
私も今現在進行形で、子供を通しての知り合いでしか友人を作るということはないので、とてもその問題をリアルに感じてしまいます。新しい場所に引っ越してきて、私の人間関係は一転しました。以前は、子供を通じた友達同士で呼び合ったり、ご飯をごちそうになったり、子供を見てもらったり・・・一週間のうち二日か三日は誰かの家にお邪魔したり、してあげたりだったんじゃないでしょうか。
濃密な関係があったのが、以前の生活でした。ところが・・・
今、新しい土地では、子供のためのおやつの皿が一回も使われたことが無く、戸棚の奥で眠っています(笑)。
私も、お母さん方と接触する機会はガクンと減りました。
娘は保育園ですので、働く親は送迎の時間が違うと、本当に一年くらい会わないお母さんだっているんですよ。迎えにいくのが五時くらいだから「今からうちに遊びに来ませんか?」っていうのもできませんしね。
「おはようございます」「さようなら」・・・これだけで保育園のお母さんとつながってる感じです。
でも、不思議なもので、そんな殺伐とした会話しかしていないのに、なぜかあるお母さんとご縁があり、月に一度近所のおいしい店に食事に行ったり、その際はお互いの家でお茶をしたり、出かける計画を立てられるようなご縁をいただきました。
その方とはその時間以外、特別にメールしたりしているわけでもないし、
よく会うということでもないのですが、月に一度のお楽しみの日に、彼女と行動することが私にとっては苦痛とか緊張とかを伴わないのです。
つまり、自分にとってとても気が楽で、自分を出せる相手なんでしょうね。
今回、彼女が運転をしてくれて、近郊の大きなショッピングモールに出かけました。前々から約束していたのですが、私は自分本位買い物型のB型なので、人とショッピングなんかできるのかな~~~とちょっと不安を抱きながらだったのですが、不思議なことにその緊張や不安を抱いていた自分が恥ずかしいほど、そんな心配は無用に終わりました。
ショッピングを共にすると言うことは、女性にとって難しいものです。
特に私のように、見栄っ張りな女性には・・・。セール品ばっかり見てたら笑われちゃうかな?とか考えちゃうんですよね。
私も変なところが負けず嫌いなので、そういった見栄を張るのが苦痛で、人とショッピングだけは約束してきませんでした。ましてや主婦同士の買い物ですから、それぞれの家計状態だって違うでしょうし。
でも、一日ショッピングモールを歩いていても、気疲れすることも無く、お互いに気持ちのいい買い物をして帰ることができたので、これは意外な収穫でした。あ、私、他人と買い物できたんじゃん!みたいな(苦笑)。
相性と言うこともありますが、相手の方が私に気を使ってくださったからですよね。そのお母さんの方が、影では疲れ果ててしまったかもしれませんが、「楽しかったね!また次回が楽しみだね」と言ってくれたので、なんだかほっとしました。
私は中学時代に「あんたと話していてもつまんないんだよ」と言われてから、自分が話すことにものすごい劣等感や、プレッシャーを感じてきました。「楽しませてあげないと嫌われる」というパターンでいつも人と向き合ってしまうので、無理なんですけど、たまにこのトラウマを完全に消しきれない自分がいやになるときもあります。私にとっての人間関係の構築は、常にこの「楽しくないと嫌われる」というものが基盤にあって、どこかでせかせかしているものだったかもしれません。
子供同士がたまたま同じ学年で同じ土地に育っているというだけでつながるお母さん同士の輪。
私はそこに入ることを恐れてもいますし、そこに入れば必ず自分が救われたりすることも知っています。学びの場所だと思うようにしています。
今回、何の偶然でこのお母さんと仲良くなったのかはもう忘れてしまったのですが(笑)、感覚が似ているというのかな、笑ったりする場所が同じで、いつまでも会話ができるというのが、不思議です。
類は友を呼ぶと言う言葉が大好きな私ですが、できるだけ明るく振舞うことで、自分にとって安らげる関係がやってくるってこともあるんですね。
私はここでロンリーな生活だと思っていましたが、そのお母さんと話していると、「ロンリーでもなかったね。よかったじゃん!自分!」と思えます。どこで誰とめぐり合い、意気投合するかなんて誰にもわかりません。
でも、意気投合することってこんなに楽しいことだったんだね、と思いますし、人間の人生って、捨てたもんじゃないなあ。孤独に生活しようとするほうが本当はもっと難しいんじゃないかと思います。
人間関係の中で生きること。その人間は関係の中で生きていく生き物。
そしてその人と人との関係やご縁を占うものが占い。
だから、私は自らの人生で、自分とかかわりあう人との関係を大事にしなければいけないと感じています。夫や子供や、両親や、嫁ぎ先の両親も、私と人間関係を結んだ人です。
みんなとフィーリングの一致があればこの上ない幸せですが、そうはいかないところが、きっと人間の宿題なんですよね。
ちょっと間が開いてしまって失礼しました。
パソコンが破壊?されてしまい、思い切ってパソコン救急隊なるもののサポートを受けました。パソコンは私にとってはかけがえのない相棒なので、今ここでハードディスクなんて破損している場合ではないのです!
メーカーのサポートセンターとの電話では「もう寿命か・・・」と半ばあきらめていたパソコンが救急隊の業者さんの手によって、リカバリーと初期化の洗礼を受け、新たに生まれ変わりました。
原因はウイルスソフトが重くなっていたのにもかかわらず、メモリをふやしていなかったので、どうしても起動に時間がかかっていたのですね。それが不具合を起こしていた可能性が強いそうなので、早速メモリを増設し、再度ウイルスソフトをセットアップ。業者の方がバックアップを取ってくれたおかげで、大事なデータをすべて保管してもらえました。
会社にも迷惑をかけてしまったので、本当に直ってやれやれ・・・という気持ちでいっぱいです。メーカーに出さずにちゃんと立ち直れたのも幸いでした。メーカーさんに修理依頼すると高いですしね、とその業者の方もおっしゃってました。メーカーに出すと10日はかかるといわれたので、じゃあとにかく24時間営業の業者に修理依頼だ!と思って行動したのがよかったんですね。こちらのほうが早い上にぜんぜん良心的なお値段。
初期化してしまったために、プリンター、デジカメ、スカイプ、カメラつきマイク、占いに使うソフト、ぜ~~~~~んぶインストールしなおしですよ・・・。
ここ一週間の間はパソコントラブルで振り回されていたので、ようやく心の安定が確保された感じですね・・・。パソコンの不具合ほどストレスになるものはないと思いますよ。素人は、動かなくなったらどうすればいいのかまったくわかりませんから。
それから、初めてヨガの体験に行きました!
スポーツクラブなどでヨガの体験教室などがありますが、本格的にやりたいのでヨガの専門スタジオに体験教室を申し込みました。
なぜヨガに・・・というのは、もっと心を開きたいという漠然とした思いがありました。自分の内面にあるものをもっと知りたいという気持ちがヨガに向かわせる理由でしたが、たまたまいいヨガスタジオの情報を手に入れたことも、なんとなく背中を押されている気がして、ひとつの「やってみようかな」というきっかけになりました。
「何か(習い事)を始めるならヨガがいいかな」という感じの程度のものでしたが、エアロビとかジャズダンスとか、そういったものにはやりたいと思わないんですね。動いている間は日常を忘れるだろうけど、心に食い込むスポーツではないような気がして・・・まずヨガは心につながっていくものだという感覚がありましたので、どうせやるならヨガがいいと思っていました。お仕事に役立つだろうし、自分の中で静かに自分と向き合う方法を神社参拝以外に探していました。
そもそもとっても注意力散漫で、集中力が本当に低いんですよ・・・ちなみにエアロビを選択したとしても、運動神経もないですから初心者クラスからいつまでたっても出られないんです。(;д;)自分だけの修行にはどうしても甘さが付きまといますので思い切って誰かの下で新しい物を仕入れたほうが集中できると考えました。しかも、運動神経はあまり要求されないほうが私としては助かるわけです。
しかし・・・
体験した後は、ちょっと考え方が変わりましたね。
リラックスヨガだったので、さほど変わったポーズはないのですが、足は伸びないし、腰は痛いし、いかに自分が自分の体を使っていなかったのか思い知らされました。
今まで頭を使っていろんな気づきの部分を促してきましたが、心の入れ物である体に関してはまったく無関心で、無神経でした。心を磨くことに集中するのは否定しないけど、でも心が宿る体の声を聴くことができるので自分の弱い点を知ることもできます。
深い呼吸を心がけてポーズをとるけど、難しいポーズをとっていると自然に呼吸が止まってしまう。呼吸音をこんなに意識して聞いていたことって久しぶりだと思いました。
ヨガの基本は鼻から吸って鼻から出すという呼吸法が基本なんですが、最初吸うのがすごくつらくて、空気がちょっとしか入らないんです。だから呼吸がどうしても浅くなってしまったり、のどの筋肉が痛いのですね。筋肉というより内側がいたいのです。なぜかセキまで出てきました。
ヨガをしていることだけに意識を集中させ、辛抱強く呼吸を繰り返していたら、だんだんと鼻に入る空気の量が増えてきました。といってもまだすぐにギブアップしてしまうんですけどね・・・・。
あと、私の弱点は腰でした。
最近腰痛を感じることも多かったのですが、ヨガをしているときは特に腰に力が入らないし、体をねじる場面で腰の痛みを感じていました。
そもそも腰の部分は第二チャクラにあたりますが、私は長年の便秘症で、レイキを取得してから便秘症を改善したものの、最近また便秘症が復活してしまい、腸能力が落ちていること、腰も痛むことが重なり、自分の第二チャクラがわかりやすく機能低下を教えてくれています。
第二チャクラは喜びや歓喜、依存と自立の問題、またトラウマに関するエネルギーセンターです。生きる喜びが感じられなかったり、心から楽しめない状態が続くとこのチャクラの働きは落ちます。
「生きる喜びを感じているのか」「毎日笑って暮らしているのか」とわが身を振り返れば、いつもせわしなく動いていて、仕事に対しての課題を抱えていて、やりがいはあるけど、でも苦しいと感じることのほうが多いように感じています。それに・・・最近大笑いしたのは二週間前くらいかな・・・というくらい、楽しい気持ちを思い出せないのですね。
それに最近歩く歩数がガクンと落ちてしまったので、どうしても第一から第二チャクラにかけて、生きるパワー自体を見失うことがあるのかもしれません。ヨガをすることは体を動かすことですが、自分の手や足や腰や肩、それぞれの部位がどれくらいの状態で存在していたのか、恥ずかしながらヨガをするまで気にもかけない状態でしたから・・・。
日常の煩事を一切脳からはずし、ただ自分の呼吸と体に意識を持っていく、そんな貴重な時間が私の中で一滴の水のように体にしみこみ、今までにない体内の変化を作ろうとしています。
一夜明けて、今日は全身が痛いです(苦笑)。やはり腰、それから肩。
せっかくなので、ヨガは体験に終わらず、できればいろんなヨガがあるのでチャレンジして、体の気づきに伴う心の変化に焦点を当てていきたいと思っています。あとヨガで内観を味わえるようなくらいにレベルアップしたいですね!どうせやるならヨガにどっぷりはまりたいと思います。
パソコンが破壊?されてしまい、思い切ってパソコン救急隊なるもののサポートを受けました。パソコンは私にとってはかけがえのない相棒なので、今ここでハードディスクなんて破損している場合ではないのです!
メーカーのサポートセンターとの電話では「もう寿命か・・・」と半ばあきらめていたパソコンが救急隊の業者さんの手によって、リカバリーと初期化の洗礼を受け、新たに生まれ変わりました。
原因はウイルスソフトが重くなっていたのにもかかわらず、メモリをふやしていなかったので、どうしても起動に時間がかかっていたのですね。それが不具合を起こしていた可能性が強いそうなので、早速メモリを増設し、再度ウイルスソフトをセットアップ。業者の方がバックアップを取ってくれたおかげで、大事なデータをすべて保管してもらえました。
会社にも迷惑をかけてしまったので、本当に直ってやれやれ・・・という気持ちでいっぱいです。メーカーに出さずにちゃんと立ち直れたのも幸いでした。メーカーさんに修理依頼すると高いですしね、とその業者の方もおっしゃってました。メーカーに出すと10日はかかるといわれたので、じゃあとにかく24時間営業の業者に修理依頼だ!と思って行動したのがよかったんですね。こちらのほうが早い上にぜんぜん良心的なお値段。
初期化してしまったために、プリンター、デジカメ、スカイプ、カメラつきマイク、占いに使うソフト、ぜ~~~~~んぶインストールしなおしですよ・・・。
ここ一週間の間はパソコントラブルで振り回されていたので、ようやく心の安定が確保された感じですね・・・。パソコンの不具合ほどストレスになるものはないと思いますよ。素人は、動かなくなったらどうすればいいのかまったくわかりませんから。
それから、初めてヨガの体験に行きました!
スポーツクラブなどでヨガの体験教室などがありますが、本格的にやりたいのでヨガの専門スタジオに体験教室を申し込みました。
なぜヨガに・・・というのは、もっと心を開きたいという漠然とした思いがありました。自分の内面にあるものをもっと知りたいという気持ちがヨガに向かわせる理由でしたが、たまたまいいヨガスタジオの情報を手に入れたことも、なんとなく背中を押されている気がして、ひとつの「やってみようかな」というきっかけになりました。
「何か(習い事)を始めるならヨガがいいかな」という感じの程度のものでしたが、エアロビとかジャズダンスとか、そういったものにはやりたいと思わないんですね。動いている間は日常を忘れるだろうけど、心に食い込むスポーツではないような気がして・・・まずヨガは心につながっていくものだという感覚がありましたので、どうせやるならヨガがいいと思っていました。お仕事に役立つだろうし、自分の中で静かに自分と向き合う方法を神社参拝以外に探していました。
そもそもとっても注意力散漫で、集中力が本当に低いんですよ・・・ちなみにエアロビを選択したとしても、運動神経もないですから初心者クラスからいつまでたっても出られないんです。(;д;)自分だけの修行にはどうしても甘さが付きまといますので思い切って誰かの下で新しい物を仕入れたほうが集中できると考えました。しかも、運動神経はあまり要求されないほうが私としては助かるわけです。
しかし・・・
体験した後は、ちょっと考え方が変わりましたね。
リラックスヨガだったので、さほど変わったポーズはないのですが、足は伸びないし、腰は痛いし、いかに自分が自分の体を使っていなかったのか思い知らされました。
今まで頭を使っていろんな気づきの部分を促してきましたが、心の入れ物である体に関してはまったく無関心で、無神経でした。心を磨くことに集中するのは否定しないけど、でも心が宿る体の声を聴くことができるので自分の弱い点を知ることもできます。
深い呼吸を心がけてポーズをとるけど、難しいポーズをとっていると自然に呼吸が止まってしまう。呼吸音をこんなに意識して聞いていたことって久しぶりだと思いました。
ヨガの基本は鼻から吸って鼻から出すという呼吸法が基本なんですが、最初吸うのがすごくつらくて、空気がちょっとしか入らないんです。だから呼吸がどうしても浅くなってしまったり、のどの筋肉が痛いのですね。筋肉というより内側がいたいのです。なぜかセキまで出てきました。
ヨガをしていることだけに意識を集中させ、辛抱強く呼吸を繰り返していたら、だんだんと鼻に入る空気の量が増えてきました。といってもまだすぐにギブアップしてしまうんですけどね・・・・。
あと、私の弱点は腰でした。
最近腰痛を感じることも多かったのですが、ヨガをしているときは特に腰に力が入らないし、体をねじる場面で腰の痛みを感じていました。
そもそも腰の部分は第二チャクラにあたりますが、私は長年の便秘症で、レイキを取得してから便秘症を改善したものの、最近また便秘症が復活してしまい、腸能力が落ちていること、腰も痛むことが重なり、自分の第二チャクラがわかりやすく機能低下を教えてくれています。
第二チャクラは喜びや歓喜、依存と自立の問題、またトラウマに関するエネルギーセンターです。生きる喜びが感じられなかったり、心から楽しめない状態が続くとこのチャクラの働きは落ちます。
「生きる喜びを感じているのか」「毎日笑って暮らしているのか」とわが身を振り返れば、いつもせわしなく動いていて、仕事に対しての課題を抱えていて、やりがいはあるけど、でも苦しいと感じることのほうが多いように感じています。それに・・・最近大笑いしたのは二週間前くらいかな・・・というくらい、楽しい気持ちを思い出せないのですね。
それに最近歩く歩数がガクンと落ちてしまったので、どうしても第一から第二チャクラにかけて、生きるパワー自体を見失うことがあるのかもしれません。ヨガをすることは体を動かすことですが、自分の手や足や腰や肩、それぞれの部位がどれくらいの状態で存在していたのか、恥ずかしながらヨガをするまで気にもかけない状態でしたから・・・。
日常の煩事を一切脳からはずし、ただ自分の呼吸と体に意識を持っていく、そんな貴重な時間が私の中で一滴の水のように体にしみこみ、今までにない体内の変化を作ろうとしています。
一夜明けて、今日は全身が痛いです(苦笑)。やはり腰、それから肩。
せっかくなので、ヨガは体験に終わらず、できればいろんなヨガがあるのでチャレンジして、体の気づきに伴う心の変化に焦点を当てていきたいと思っています。あとヨガで内観を味わえるようなくらいにレベルアップしたいですね!どうせやるならヨガにどっぷりはまりたいと思います。
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プロフィール
HN:
志我雨音(しがあまね)
性別:
女性
職業:
占い師・レイキヒーラー・主婦
趣味:
ゆっくりとひとりカフェ♪
自己紹介:
日記をただつれづれなるままに書くだけでなく、自分にも、皆さんにも何かを感じていただけるような文章を作り上げたいと思います。
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