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占い師としての成長日記
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イアーコーニングを体験してから、私なりに見たビジョンを考えてみました。


私はずっとずっと自分に自信がなく、姿かたちはもちろん、振る舞いや人間関係の作り方、男性との向き合い、つきあいかた、いずれも今でも自信がついたものはありません。
では、何が変わったんでしょうか?


私は銀行員時代の同僚であったAちゃんが一番最初に私のビジョンに登場したことが気になっていました。
彼女は、ある意味私の劣等感の象徴のようなものだからです。
彼女と過ごした時間は、私にとって大変楽しい時間ではありましたが、常に自分を追い詰めていた時間でした。彼女のようになりたくて、必死で。
今でこそその間違った方向の必死さには笑えますが、真剣に悩む以上に私の中で大きな勘違いを起こしていたのです。
彼女の前では、自分を否定し否定しても否定しきれない屈折したものがいつもくすぶっていて、最も恐れていたことは彼女が幸せになること。彼女が傷を負う事を私は心のどこかで期待していた頃があったのです。


思い出しました。
私にはそういう「ずるいところ」があることを。


今でも私には「他人より自分のこと」というところがどうしてもあります。やはり子供を持ってしまった以上、そういう部分に加速がついてしまうことも感じます。


人の幸せを喜べない私は、いつの間にか顔を出さなくなりましたが、それは自分が平和な環境を手に入れたからで、私がもしここで、この環境や家庭を失うことになれば、私はまた本来の屈折した自分が出てくることになるんです。本当の自分の問題というのは、本来、私は自分自分自分自分ばかりの人間ということなんですね。
もちろん、自分は大切です。それは否定しません。


どんなに自分が恵まれていない環境に置かれていても、屈折することなく、卑屈に流れることなく、友達の幸せを喜べる感情を持っていること。


それこそが、優しさであり強さなのかもしれませんね。


できるだけ意識して、元気のないメールなどを頂いたらすぐに返信するように心がけていますが、でも意識をしていないとできないのです。
そのとき目で読んで、心で読んでいないから、強く「助けてあげなくては」と意識しないと返信できない自分がいます。


実は私の中でずっと問題だと思っていることがあります。
それは「自分のこと以外に労力を使いたくないと思っている」です。


だから、自分に対してはとことん悩むし、落ち込むし、キリがないくらいに考えるのに、他人に対して、それだけ思いを寄せていません。
それが、誰かの幸せを祝えない自分につながってしまうんです。


本当に考えなければいけない部分は、浄化をしなくてはいけない場所は、この淀みなのでしょう。


この道を歩く人間は、自分と言う人間を大事にするのはもちろんですが、
自分以外の誰かの幸せを祈る器がなくてはならないのです。







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志我雨音(しがあまね)
性別:
女性
職業:
占い師・レイキヒーラー・主婦
趣味:
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自己紹介:
日記をただつれづれなるままに書くだけでなく、自分にも、皆さんにも何かを感じていただけるような文章を作り上げたいと思います。
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