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占い師としての成長日記
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三ヶ月に一度くらいの割合で、朝学校前の交差点で交通パトロールする当番があります。児童たちの登校時間の30分間、地域の交通安全ボランティアの方と一緒に交差点に立つだけなんですが、今朝はその当番でした。私は学校前にある交差点が担当箇所です。保護者は三ヶ月に一度くらいですが、交通安全ボランティアの方々は毎日交差点に立って、それこそ、雨の日も風の日も、旗を振って交差点での誘導をしてくださっています。


学校のすぐ下の交差点では多くの児童が登校してきます。その子供たちに「おはようございます!いってらっしゃい!」と声をかけます。小学校のすぐとなりに中学があるので、中学生も恥ずかしそうに混じっていますが、今の中学生、恥ずかしがらずにちゃんと返してくれる子もたくさん居ます。


パトロールが終盤になると、寝ぐせがついた頭でボーっとした状態で歩いてくる子の率が非常に高くなります(笑)。でも急いでないんですよ。寝過ごしたようですね。


その小学生の中でひときわ目を引く男の子が居ました。
髪は茶髪・・・というよりオール金髪。
Tシャツから伸びた腕には刺青が?!(本物?シール?)
ランドセルは背負っていなくて、リュックサック。
耳にはピアスが!!
Gパンをお尻のあたりまで下げて履いていました。いまどきの着こなしです。


でも小学生なんですよ。一緒に歩いていた友達はランドセルを背負っていましたし、背も五年生か、六年生くらいかもしれません。格好だけで判断してはいけないのかもしれませんが、子供なのに、していることは子供の趣味ではないですよね。でも高学年になれば、自分の好みも出てくるから髪の色も、ピアスも、嫌なら嫌だといえばいいのです。しかし、彼はこの支度を選んでいるのですから、きっともうずっと昔から、こういう格好をしてきて、自分のスタイルになってしまっているんでしょうか。それから親も、同じような格好をしているから、同じように子供も抵抗なく生活に取り入れているんでしょう。


その子の格好が衝撃的で、凝視しちゃいましたが・・・。


でも、その子の格好はなぜ、高校生のようなスタイルなんでしょうか。
親を見たいと思いました。親も同じスタイルをしているんでしょうか。
この突拍子もない格好は、一体何からもたらされたものなのか。


もし、自分が人より目立つ格好をしたいときは「注目を集めたいとき。関心を寄せてもらいたいとき」だと思います。俺はここに居るぞ!と目をかけてもらいたいときに、人はいわゆる「普通」の格好からはずれて、個性のある支度を始めるはずです。目立ちたい=目をかけてもらいたいということであるなら、彼の格好は、自分に関心を持ってもらいたいための戦闘服なのかもしれません。


でも、さかのぼっていけば、そこにはその子の親にぶつかります。小学生が自分の髪の毛を一人で染めに行くことはないでしょう。ピアスを買いに行くこともないでしょう。きっとそこには親の影があります。その親も、きっと誰かに自分の存在をアピールしたくて、同じように着飾ってきたのでしょう。そう考えると、こんなに幼いわが子にも、自分の埋められない気持ちを託しているようにも見えるのです。大人に近い格好をして、小学校に向かう彼は、ランドセルの集団の中で、ひときわ浮いて見えます。


この格好を「個性を尊重する」という時代背景が守っているのかもしれません。格好よりも中身が大事だし、すれ違っただけの子供の人格まで見通すこともできませんが、子供が実年齢に合わない支度をしていることを「かっこいい」と受け容れているその価値観が、やっぱり自分には理解できません。


なぜなら、私は田舎育ちで、もう若くもないですし(笑)、昔気質で周りの目が厳しいところに住んだせいもあるのか、中学校の生活スローガンで「格好の乱れは心の乱れ」と教えられてきたせいか、どうしても気になってたまらないのです。これは受け容れるべき今の教育環境の真実なのか。


パトロールが終わった後、ボランティアのおじさんとちょっと立ち話をしました。


「いろんな子が居るよ。化粧してくる子も居るしね。いきなり後ろから蹴る子もいるんだよ。こっちもいきなりやられたから、旗で尻をたたいてやったけれどね(笑)」
「え~!」
「まあいろんな子が居るから見てるといいよ。蹴った子供の親にね、蹴られたことを注意したら『ボーっとしてるから蹴られるんだ』って言い返されちゃったよ。駄目だね。言ってもこうなんだから、親がどうしようもないんだよ。」


そういっておじさんは立ち去りました。
でも・・・いきなり蹴られたりするという衝撃的なことがあっても、毎日旗を持ってこの交差点に立つことは勇気が要ります。親に注意したこともそう。子供のせいではない、そう思うから、おじさんはボランティアをして、子供を見守り、厳しさも出していくことを続けているんですね。おじさんに勇気がなければ、愛がなければ、蹴られた時点でボランティアなんて放棄ですよ。毎朝立つのは大変なことですもの。


毎朝交差点に立つ三人のボランティアの人は、いつも遅れてくる子供の顔などは把握しているらしくて「今日はあの子は来ていたね。大丈夫だね」などと言いながら解散をしていました。ただ立っているだけではなく、毎朝すれ違う子供に愛を注いでいるし、気に掛けている。もし、何かあってもそこで毅然と注意する気合も持ち合わせている。ボランティアだけれど、その瞬間は親のようなものですよ。その姿勢は。


もし・・・あのピアスと刺青をしたご両親がパトロールに立っていたら、
自分の息子とほかの子の違いに、唖然とするのだろうか。それとも、目立つことをよしとするのだろうか。いや・・・それ以前の問題で、パトロールには当番であっても来ないような気がしてしまうのです。息子にいち早く大人の趣向を教えて、子供であることを早く消そうとしているのだから、遠くから静かに見守るというより、早く自分と対等に、大人になって欲しいと願っていると思うから。保護が必要な子供では居て欲しくないと思うから・・・。見守る役割のパトロールなど、めんどくさいだけではないか?だからきっと・・・来ないのだろうな・・・。


そんなことを考えてしまったパトロールの朝でした。
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志我雨音(しがあまね)
性別:
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占い師・レイキヒーラー・主婦
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自己紹介:
日記をただつれづれなるままに書くだけでなく、自分にも、皆さんにも何かを感じていただけるような文章を作り上げたいと思います。
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