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占い師としての成長日記
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最近すっかり私の「独白劇場」と化してしまったこのブログですが、私は自分を掘り下げる作業として、最近では読者が見ていようが見てないが構わない!書かせてもらいます状態に突入しています・・・(汗)。


まだ夫や結婚生活については、書ききれないものもあるのですが、これはもっと掘り下げて研究しようと思いました。いろんな人からメッセージをいただいて、「結婚って?」「夫婦って?」ってすごく考え直しました。


同時に、夫婦というものを考えようとすると、やっぱり「自分」に行き着くこともわかりました。夫婦の片割れは自分なんです。夫の分析よりも、本当の自分がどうなのか、この振る舞いは自分の何がそうさせるのか、己を知ることが、夫婦を語る上で欠かせない作業なんですね。


そうなると今度は、どうしても占いと私について書くときが来たように思います。輝夜師匠に、「これから今までのこといろいろ書かせていただきますがいいですか?」とお尋ねしたところ、「大丈夫ですよ。思うことを書いてください。」と許可をいただきました!なので、赤っ恥だろうが、この際、分析には必要なことです。さらけ出そうと思います。


その前に私にとって「占い」とは何なのかを解いてみました。


二つの理由があります。
一つはとてもミーハーですが・・・他人とは違う自分を手に入れられるスペシャルな小道具ということです。
ガッカリさせる理由になってしまうかもしれませんが、私にとって占いは目立つ方法、人目を引く個性的なやり方だったんですね。人間関係を作るのに、非常に役立ってくれました。平凡な私が占いという魔法の杖を振ることで、特別な人に変われる・・・そんなマジックに酔っていたのです。
そうそう占いを勉強する人はいません。しかし、占いは毎日どこかで配信されるし、雑誌の終わりには必ずつきものです。何かを決断するときは占いに頼る人もいっぱいいます。身近なものなのに、それを仕事にしている人はいませんでした。銀行時代なんてなおさらですよね。みんな銀行員というお堅い仕事についているんですから(^-^;。占いと銀行って結びつきませんが、この水と油のような異質さが私には魅力だったのかもしれません。当時は「なんちゃって手相占い師」だったので、目立てることが一番で、人を助けようとか、苦しんでいる人の役に立とうとか、そういった使命感はなく、自分のためだけの占いでした。少なくとも入り口は、人の興味を集めるためにスタートしたんです。将来的な展望など何もなかった。だって「早く結婚して楽になりたい」が私の展望だったのだから。


占いに惹きつけられたもう一つの理由は「私を知りたい」という気持ちでした。


きっと私が思うに、占い師を生業にしている人は、生まれてからこれまで
精神的にか、あるいは物理的にか、そのどちらかで地獄を見てきた人だと思います。そういう人でなければ、この仕事に興味を持つことはないでしょう。私自身はあの20代が「地獄」でした。環境的なものが地獄だったわけではありません。私の感じ方が「地獄」だったんですね。恥ずかしいと思う自分。自分のことが自分で恥ずかしいんです。なぜこんな状態になってしまうのか。私に未来はあるのか。どうして私はこんな人生なのか。恥ずかしくて埋めてしまいたくなるような自分の行動がいっぱいあるのに、でも負けず嫌いが激しくて、それを必死になって隠そうとする自分。あれもこれも含め「私って、客観的に見てどういう人間なんだろう???」
と思うことがありました。「誰か私のことを教えて!」とばかりに、占い師さんをはしごして、自分の頭の上を流れている宿命を知りたくて、知って納得がいきたくて、走り回っていました。


自分の姿を鏡で映して「これが等身大のあなたよ」と教えてくれる方法は占いだと思ったのですね。人はなぜ、生まれてから死ぬまでお付き合いする自分のことすら知らないままなんだろう。嫌いな自分はどうすればいいんだろう。どこを愛せばいいんだろう。その答えが知りたくて、私は占いを自分のために始めたのです。


占い師というのは流れとしての結果になりましたが、街頭で「あなたは~」と言って占う人に自分がなるイメージはまったくわかなかった。怪しげーなヴェールをかぶって水晶玉に未来を映し出す占い師もピンと来なかった。銀行員ですから、やっぱり福利厚生が安定している毎日を過ごしていると、自分がいきなり放浪のジプシーのような占い師はできないと思うのか。とにかく、なろうと思って始めたわけではないのですね。漠然と、自分を知りたくてこの道に入りました。同時に人目を引く趣味、いいじゃないですか。一石二鳥!それ程度の認識でしたよ。


自分のことなのに、まったく初対面の占い師さんがいきなり私の癖や、人生のことを言い当てるなんて、すごいと思いました。私だって私のことがわからなくてもてあましているわけです。占い師、おそるべし!
「すごい」といわれたくて、入った道です。
甘いわけありません。険しくないわけがありません。
挫折満載の山なのに、私には麗しい山に見えていたわけです。山は遠くから見ていると、美しく、悠然としている癒しの風景ですが、その山に一歩入ってみれば、鬱蒼とした延々と続く林、危険箇所、崖、岩場・・・準備して入らなければ登山は命を落とします。憧れで占いの道に入ると、それこそ軽装で冬山に登るのと同じくらいのショックを受けることになりますよ。


それを教えてくれたのは、私のお師匠さん、輝夜師匠でした。
この道にプライドを持っている輝夜師匠からみたら、占い師という登山において、私の不純な動機など、こんな危険なものはないと一発でわかっていたでしょう。


今から10年前、新聞広告で見つけた「三ヶ月でプロにします」という気学の勉強会。「プロ」という言葉にひきつけられて出かけた先で、私は占いを目指す仲間と出会います。気学の勉強は・・・楽しかったのですが、同じ話を延々とされる先生で、授業は「・・・(苦笑)。」でした。その三ヶ月の授業が終わり、次はその学校がタロットカードの講座を新しく開いてくださったので、引き続き参加することになりました。そこで、すでにプロの電話占い師として活躍している輝夜師匠が講師として現れたのです。


腰まで届くような長い黒髪に、印象的な大きな瞳。先生なんていうから、年配の女性を想像していた私には面食らう出会いでした。若くて、快活でなんて可愛いんでしょう!そして強烈だったのは、胸に下がっている大きなラピスラズリのペンダント。「うわ~~~本物の占い師や~~!!」と私は心の中でときめきました(爆)。タロットを扱う姿が絵になる先生です。輝夜師匠はいつも黒系の服を着て授業にきてくださっていたのでまさに「魔女みたい~~占い師だわ~~(憧)」芸能人が一般人として街を歩いていてもそのオーラが出ているように、輝夜師匠は一目見ただけで「この人は神秘的世界の住人みたい」と思えるような、不思議なオーラが出ていたんですよ。もちろん私はオーラなんて見えません。でも感じられるんですよ。


でもそんな神秘的なオーラを出しているのにもかかわらず、輝夜師匠の授業はすごくトークが面白いんですっ!!そのギャップが魅力でもありました。輝夜師匠は私よりも一つ上なんですが、輝夜師匠よりももっと年齢が上の女性ですら、輝夜師匠の魅力にひきつけられ、みんなでそのあとお茶をしたり、輝夜師匠との接点を作ってくれたりしましたね。


今もそれは変わりません。笑うときは口を開いて思い切り笑ったり、怒るときは毅然と、筋道を説明しながら(でも迫力満点)・・・表情豊かで、先生という剣を振りかざしたりしない。でも、だらしないことをしたり、約束を黙って破ったりしたら、それこそ親よりも学校の先生よりも怖いと思います。当時から今まで、もう10年間お付き合いしていますが、姿勢が一貫していて媚びることがありません。


タロットの講座が終わっても、輝夜師匠のファンになった生徒たちが、学校には内緒で輝夜師匠と接点を持てるように、懇願して引き続きタロットの授業ができるようにお願いしました。その代わり、教室はカラオケボックスでした(^-^;A私は妊娠、出産を機に占いの勉強を停止。また始めようという計画もなく、無期休業状態にはいりました。


輝夜師匠とは不思議なもので、その音信不通状態が二年ほどあったのですが、その間無性に輝夜師匠に連絡を取りたいと思うことがあり、まだパソコンでやり取りをしていなかったので、オーソドックスにお手紙を書いては、いろんな思いをつづっていました。勉強も終わったしもう会えないのかな・・・って思いながらも、でも他の人ではなく、輝夜師匠に聞いてもらいたくて、お手紙を何通かしたためた記憶があります。あの感覚は不思議です。「輝夜師匠に聞いてもらいたい。今話がしたい。」授業をやっていたときは、他にたくさんの生徒さんが周囲にいて、一対一でやりとりということはなく、みんなの中の一人、という状態だったのに、何が私をそう走らせたのか。この長く続く試練の道を予感していたのか。これほど頼りになる人を、私は見逃さなかったのか(とするなら、すごい予知能力!)。


そして2003年秋、娘の病気が発覚し、悲鳴と、怒涛のような日々を過ごしていた同じ頃、輝夜師匠は最愛のお母様をご病気で亡くされていました。私はそんなことも知らず、娘の病気が回復したという年賀状を出してしまいました。そして、春になるころ、輝夜師匠から一通のお手紙が届き、お母様を亡くされ、傷心の中にいること。そしてかつて占いの勉強をしていた仲間たちが集って、もう一度一緒にやろうという話になったので、よかったら雨音さんも・・・というお誘いがありました。


そのお手紙にしたがって、私の人生の新しい舞台が幕を開けたのです。
本当の自分の道を探し出していく旅、それは師弟関係において、真っ先に私がぶつかった自立と依存の壁でもありました。
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プロフィール
HN:
志我雨音(しがあまね)
性別:
女性
職業:
占い師・レイキヒーラー・主婦
趣味:
ゆっくりとひとりカフェ♪
自己紹介:
日記をただつれづれなるままに書くだけでなく、自分にも、皆さんにも何かを感じていただけるような文章を作り上げたいと思います。
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