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占い師としての成長日記
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「ファースト・ワイフ・クラブ」という一本の映画によって、自分の中で占い師と言う言葉がどんどん膨らんできました。すぐに転職しようとか、そういったものではなかったのですが、いずれにせよ、今までの手相だけの占いでプロになるとするのなら通用しないし、手相で「彼は私のことをどう思っているの?」「転職したいんだけどいつがいいの?」と言う質問に回答ができないことを、だんだん学んできたところでした。


「手相だけじゃ本当の意味でアドバイザーにはなれないな。」
当時の私は時間とお金はありましたので、学校を探し、易と人相学を学びました。そこの学校は本当に面白い講義をしてくれるんですね。ただ、どちらかといえば、退職され第二の人生を歩まれている方が、人生を豊かにするための講座として受ける方がほとんどで、「占い師になりたい」という希望で学んでいる人はいなかったんじゃないでしょうか。講義こそ面白かったのですが、占い師としての心構えなんてものはまったく教えてもらえなかったのです。プロを育てると言う授業ではなかったので、また別の学校を探すことになりました。今度はもっとプロにしてもらえるような学校を。


新聞の広告で「プロを養成」という言葉に惹かれて新しい学校を見つけました。気学九星術を教えてくれる学校だったのです。実は「この講義を受ければ三ヶ月でプロになる」という甘い言葉に誘われて出向いてしまったんですね。いやいや、そんなに甘いものではないと言うことは今ならよくわかりますが(苦笑)、当時はすぐにとびつきました。
その学校長が「占い師になりたいのなら、絶対にタロットはやっておいたほうがいい。タロットの講座を開くから、興味のある人はぜひ受けなさい。」と新たにタロットの講座を開くことを提案してくれました。
もちろん、私にとっては「渡りに船」です。すぐにとびつきました。


その学校のタロット講師として私の前に立ってくれたのが、輝夜師匠でした。ちょうど10年前のお話になります。


人と人との出会いは面白いものです。
手相から始まった占いは、出会ってから10年間はずっと私にとっての特技だけでしかありませんでした。それから友達を作るための社交術でした。
人の輪には入れなかった自分が、手相によっていろんな人からお呼びがかかるようになって、戸惑いと同時に、通常以上の出会いがもたらされました。この道で極めるつもりもなく、宴会芸のようなものだったのです。


同時に自分は占いによって助けられたり、占いを頼るただの不安定なOLでした。新宿西口には夕方6時になると占い師が通りにずら~~~っと並びます。そこで出会った占い師の先生に「銀行員は天職ね」「結婚はできるわよ。大丈夫。」と励まされたり・・・。沢山の占い師さんに出会い、いつか私もこうして誰かのことを励ませるのかな、誰かの心の曇り空を少しは楽にできるのかなと思いながら占いをしてもらっていました。


当たるからといわれていろんな人が私のところに来てくれたりするうちに、いつのまにか私もいい気になってしまって、「占い師になったらいい稼ぎができるのかな( ̄ー ̄)ニヤ...」と考えていたことも確かです。占いができるってことはひとつの自慢だから、そういう俗的な気持ちも確かにしっかりありました。他の誰にもできないことをしたい、それで注目を浴びたい気持ちが私を突き動かしたのかもしれません。


タロット講師として私たちの前に立った輝夜師匠はすでにプロとして電話鑑定のお仕事を毎日精力的にこなされていました。その輝夜師匠が第一声にこうおっしゃったのですね。


「みなさんをプロにするように言われました。私はみなさんに私の知っていることを全部お伝えしようと思います。なので、皆さんは私からどんどん吸収してください。持っていけるものは持っていってください。」
それは知識だけではなく、占い師としての心構えを教えるということでした。


今まで私の受けた授業でこんなことをいきなりおっしゃった先生はいません。逆に「これは特別なことなので、授業では教えられないな。」と言って、出し惜しみをする先生もいらっしゃったくらいです。
目の前に立っている、若く、髪の毛の長い、目のきれいな先生は私と大して年齢差はないはずなのに、その話し方、授業の進め方、タロットだけではなく、気学や姓名判断まで、本当に、自分が知っていることを全部、あますことなく教えてくれるんですね。その知識量に圧倒されました。授業は一時間半だったでしょうか・・・もう詳細は覚えていないのですが、あっという間に終わってしまうし、授業だけではなくアフターも輝夜師匠を囲んでお茶をしながらいろんな話を聞かせていただきました。


「占いは人生学」ということを輝夜師匠の授業を通して初めて気がついていくのですね。それから、何よりも感動したのは、輝夜師匠は授業のとき、たとえ話に自分の話しをします。自分の生活のこと、現実の占いの仕事のこと、ご両親のこと・・・これが「え?そんなことまで告白しちゃっていいの?」というラインをかなり越えているんです。自分にとって恥ずかしかったと言う経験も包み隠さない。自分の人生を切って、私たちに真剣に伝えようとしている証でもありました。こんな情熱的な先生についていかないわけないです!


輝夜師匠の所属している電話占いの会社にいつか、同じ占い師として所属できるのかな・・・そんなことをぼんやり考えながら。でもその当時は夫と出会い、念願の結婚を果たせることになりつつあったので、占い師になるという現実的な動きはまったくなかったのですが。


それでも、私の人生のターニングポイントは輝夜師匠との出会いでした。
あの新聞広告の「三ヶ月でプロに」という甘い言葉に誘われて出かけてみましたが、人生を変える大きなきっかけになるとは夢にも思わず・・・。


現実に占いで食べているという人に指導をいただけると言うのは、すごく話しに説得力がありました。輝夜師匠のほかにもう一人、同じ電話鑑定の仕事をしている占い師の女性がタロット講座をしてくれたことがありましたが、う~~~~~~ん・・・・正直言って全然心が躍らなかった。なぜか?タロットの知識は話すものの、心の部分に話を進めないからですね。
人が生きる上で何が大切なのか、タロットを教えると言うことは、そういった部分を語ることでもあるのに、そういったことは一切言いません。自分の話も一切なし。自慢話はありましたが(^-^;。


魅力ある占い師というのは、情熱的で、精力的で、とにかく一生懸命な人であること。出会った当初から、輝夜師匠の変わらない部分です。私の中でこの部分に共鳴し、いろんなことがそのあとありましたが、師匠として温かく見守っていただきました。


私の中で「占い師には誰でもなれる」という認識がありましたが、「占い師であり続けることは本当に難しい。」という結論も出ました。あり続けるために自らを律し、自分を知ることで成長し、自分の恥ずかしい部分を敢えて掘り下げ、目に見えない部分でしっかりと根を下ろしていくことが「占いをしていないときも、占い師であり続けなさい」という輝夜師匠の教えとつながります。自己矛盾、内面の葛藤、自分の人生にある様々な問題と真剣に向き合い、一生懸命逃げずに回答を探すことが、信頼される占い師としての大事な鍛錬なのです。手相を始めたころの自分はそこまでの意識がまったくなかった。でも、「一生懸命向き合う。あきらめずにやってみる」という輝夜師匠の背中の教えは、私のそれまでの価値観を変えていくものでした。


自分が生きる道を決めたとき、誰を師とするのかは本当に重要です。
それがすべてを左右すると言っても過言ではありません。
師の志が高ければ高いほど、もちろん大変なことは山積みですが、その道にある喜びもまた、通常では味わえないものであることも確かです。


私は今、輝夜師匠の後を追うように、同じ電話鑑定の会社に所属できました。もうひとつの私の目標は、いつか誰かに、自分が輝夜師匠にしていただいたように「占い師としての魂」をあますところなく教えられるようになりたいと考えています。今の自分では力不足な部分もありますが、もしチャンスが来たときは「できません。自信がありません」と言うのではなく「頑張ります」といってそのバトンをしっかりつなげられるように。
私たちの前でまさに体を張って、占いを教えてくれた輝夜師匠の授業のことは10年たった今でも鮮やかに思い出せます。私たちを占い師にするために、この先生はこれだけ一生懸命になってくれているんだ・・・あの一生懸命な姿勢が、今でも私が苦しいときに生きるヒントになっています。占いに生きるということは、自分の人生と真剣に向き合い、苦しくても逃げないことだ・・・それが私の中で出した答えです。


いろんなきっかけが縦糸と横糸のように絡み合い、ひとつの作品に仕上がるかのように、20年近くかかってようやくプロとしてデビューできました。そこにはもちろん金銭欲や名誉欲といったものもあったのは確かです。でも・・・それだけではこの世界を戦い抜けません。自分の生きる道をここだと決めたときから、ついてまわるいろんな葛藤。それはどうしても目に見える報酬では解決できないのです。


銀行員が天職で、占い師に向いているとは一回も言われたことがありません。新宿の母には「占い師になると真剣に思うのなら、家庭は持たないほうがいい。」と言われたことも思い出します。新宿の母は知っているのですね。この道がどんなに辛く、覚悟が伴い、茨の道そのものであるのかを。本当に家庭を持たないほうがいいということではなく、本当に言いたかったのは、それだけ占い師と言うのは厳しさが伴うもので、中途半端な気持ちでやれるものではないということを、伝えたかったのではないのでしょうか。


確かに子供を抱え、家庭を持ちながらは大変ですが、私にとって子育てや家庭は鍛錬の場ですね。


その道のプロになると言うことに憧れていました。占いという場でプロになることができました。憧れを現実にしたとき、開かれるのはバラ色の扉ではないことも知りました。それでも、「ああ一生懸命やってよかったな」と思える瞬間に立ち会えたとき、占いという技術はただの技術ではなく、心をつなぐ絆になります。これからも、輝夜師匠に教えていただいたとおり、一生懸命やっていくだけです。それこそが、もっとも大切であり、もっとも難しいことなのです。
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HN:
志我雨音(しがあまね)
性別:
女性
職業:
占い師・レイキヒーラー・主婦
趣味:
ゆっくりとひとりカフェ♪
自己紹介:
日記をただつれづれなるままに書くだけでなく、自分にも、皆さんにも何かを感じていただけるような文章を作り上げたいと思います。
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